「推してけ! 推してけ!」第44回 ◆『有罪、とAIは告げた』(中山七里・著)

「推してけ! 推してけ!」第44回 ◆『有罪、とAIは告げた』(中山七里・著)

評者=大森 望 
(SF翻訳家、書評家)

鏡よ鏡、と裁判長は言った


 2023年は、ChatGPT をはじめとする生成AIが世界的に大ブームを巻き起こした年だった。米Open AIがリリースした ChatGPT は、対話型のAIサービスで、ウェブブラウザなどから誰でも簡単に使える。YouTube の動画をテキストで要約したり、議事録を作成したり、ニュース記事をまとめたりも朝飯前。学生の宿題からビジネスの現場にまでどんどん導入されて、AIは一気に身近な存在になった。画像生成AIが描いた絵は書籍のカバーなどにもふつうに使われているし、アート・コンクールで優勝した例もある。小説では、つい最近、中国・精華大学の教授が対話型AIで書いた短編が江蘇省のSFコンテストで準優勝したと報じられた。

 大量のデータを扱う司法の世界も例外ではない。アメリカでは、ニューヨーク州の弁護士が民事訴訟の資料作成に ChatGPT を使った結果、存在しない判例を引用してしまうという珍事件が起きている。AIが事実に基づかないウソ情報を勝手に生成してしまう現象は、ハルシネーション(幻覚)と呼ばれ、場合によっては事実かどうか見分けるのがたいへんむずかしい。

 2023年の東大五月祭では、「AI法廷の模擬裁判」と題して、ChatGPT-4 を裁判官役とする模擬裁判のイベントが開かれ、多数の〝傍聴人〟が詰めかけて耳目を集めた。

 

 ……と、ずいぶん前置きが長くなったが、中山七里の新作長編『有罪、とAIは告げた』は、まさにそのAI裁判官が主役。

 小説の冒頭では、エストニアで現実に(2019年から)導入が進んでいる「ロボット裁判官」に関するニュース記事が紹介されるが、作中の日本では(ここから先はフィクションです)、中国との技術協力プロジェクトの一環として、同国が開発した最新の「AI裁判官」が東京高裁管内の地裁及び家裁に試験的に導入されることになる。ただし、これはあくまでもテストケースで、正式に採用するかどうかは日本側の判断に委ねられている。

 問題のAI裁判官、〈法神2号〉は、四つの専用筐体から成り(技術流出に対する懸念からか、ソフトウェアの仕様は公開されず、厳重なプロテクトが施されて、中身は完全にブラックボックス化されているらしい)、資料の検索や文書作成などの事務作業はもちろん、個々の裁判官(人間)の特徴を過去の判例から分析し、その裁判官が下すだろう判決を予測して、判決文を自動生成することができる。ゴッホの画風で自在に絵を描く生成AIのように、実在の裁判官の判決文をシミュレートするわけだ。

 小説の(人間側の)主人公は、東京地裁刑事部の若手裁判官、高遠寺円。日本で20人目の女性裁判官だった高遠寺静の孫娘──といえば、中山七里の読者ならお気づきのとおり、『静おばあちゃんにおまかせ』で元裁判官の安楽椅子探偵・高遠寺静のワトソン役をつとめた法学生(同書で彼女と恋仲になる警視庁刑事部捜査一課の葛城公彦も本書に登場する)。つまり、ファンにとって本書は、裁判官になった〝その後〟の円の姿が見られる作品でもある。

 円は、かつての指導官、東京高裁第一刑事部総括判事の寺脇に指名されて、〈法神〉のテストのために裁判記録をデータ化して入力する仕事を仰せつかり、AIを開発した中国側の技術者・楊浩宇からレクチャーを受けることになる。実際に過去の判例を使って検証してみると〈法神〉は想像以上に優秀で、実際のものとほとんど変わらない判決文を出力する。

 膨大な案件の山に埋もれている裁判官にとって、〈法神〉のめざましい事務処理能力は願ってもない援軍で、管内の地裁から引く手あまた。最初に試験運用に関わった円は、〝法神インストラクター〟として頼りにされるが、自分では法神を使う気になれずにいる。

 そんなとき、円が左陪席として担当することになった事件が、墨田区在住の18歳少年による父親殺しだった。被告の戸塚久志は、父親を刃物でメッタ刺しにした上で逃走、大騒動の挙げ句、数時間後に逮捕されたという(彼を追跡し捕まえたのは円の恋人の葛城公彦だった)。

 弁護側は、罪状については争わず、量刑に絞って情状酌量を訴える戦術をとる。検察側の求刑は死刑。逮捕歴もない18歳の少年に対して、死刑は重すぎるのではないか。再来年に退官を控えたベテラン判事の檜葉裁判長は、判決の参考とするために〈法神〉の利用を提案する。彼自身の判決を学習したAIは、いったいどんな判決を下すのか?

 死刑判決の是非を問うミステリは数多く書かれているが、その判断にAIを導入したのが本書のミソ。司法判断に感情は必要か否か。人を裁くのは心か論理か。AIの導入に関して、ベテランの裁判官が積極的で、若い主人公が消極的という逆転の構図も面白い。

 ロボットは人の心を映す鏡だと言われるが、本書のAIは裁判官の心を映す鏡として機能している。〝20分後の未来〟について考えさせるリーガル・サスペンス。もちろん、〝どんでん返しの帝王〟の異名をとる著者ならではのサービスもあり、リーダビリティ抜群なのでご心配なく。

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有罪、とAIは告げた

『有罪、とAIは告げた』
著/中山七里


大森 望(おおもり・のぞみ)
1961年、高知県生まれ。SF翻訳家、書評家。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF翻訳講座』『現代SF観光局』など、訳書に劉慈欣『三体』シリーズ(共訳)、テッド・チャン『息吹』ほか多数。

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