週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.175 明林堂書店浮之城店 大塚亮一さん
『人魚が逃げた』
青山美智子
PHP研究所
今回紹介したい作品は、青山美智子の新作『人魚が逃げた』だ。
まずはその内容に触れる前に、彼女がこれまでどんな作品を世に送り出して来たかについて、少し触れておこう。
デビュー作『木曜日にはココアを』以来、人と人の繫がりを描き、その登場人物達が前を向いて進んでいく姿に勇気と元気をもらえる連作短編集が多かった。
だが今作は、少し趣が違う。
このタイトルを見て読者は何を想像するだろうか? まさしくそれこそが、本書を読み解く鍵となるのだ。
舞台は3月のある週末の銀座。
SNS上で「人魚が逃げた」という言葉がトレンド入りした。どうやら「王子」と名乗る謎の青年が銀座の街をさまよい歩き、「僕の人魚がいなくなってしまって・・・逃げたんだ。この場所に」と聞いてまわっていたという。
彼の不可解な言動に、人々はだんだんと興味を持ち始める。
一方その人魚騒動の裏では、主人公を含めた5人の男女が人生の節目を迎えていた。
銀座を訪れた5人を待ち受ける、意外な運命とは。
そして、王子は人魚と再会出来るのか――。
この王子の出現に、私は釘付けになってしまった。まず服装が王子そのものだからだ。
さらに、銀座で人魚を探しているというではないか。
作中でアンデルセンの童話「人魚姫」に関して主人公達が触れる場面が出てくるのだが、それがとても興味深い。それぞれ違った解釈をするからだ。
そもそも王子はあの「人魚姫」から飛び出してきた本物の「王子」なのか? いや、そんなわけはない。そんな想像力を刺激されながら物語はラストへ向かう。
読み終えたときに読者は何を感じるだろうか?
いや、もう嘘か真実かなんて関係ないのかもしれない・・・。
はっきり言えるのは、読後、誰しもがこの上ない多幸感に包まれていることだろうということだ。
自分が思い描いている世界と、相手から見えている世界がそれぞれにあり、それは紛れもなく同じ空間でもある。
物語とは、それぞれの感じ方があるからこそ面白い。そんなことを教えてくれる、青山美智子の新たな意欲作だ。
あわせて読みたい本
『ひまわり』
新川帆立
幻冬舎
商社に勤め世界中を飛び回っていた主人公「ひまり」はある日、事故に遭い脊髄を損傷し首から下がほとんど動かなくなる。そんな彼女が周りの人達に支えられながら、司法試験に挑戦し、弁護士を目指す姿が描かれる。強い思いとそこに向かっていく勇気さえあれば、人は誰でも光の中に入ってゆける。そんな前向きになんてなれないと思う人もいるだろう。でもこの「ひまり」に出会えば、あなたは一歩進んでいることに気づく。未来へ進む力と希望をもらえる1冊。
おすすめの小学館文庫
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大塚亮一(おおつか・りょういち)
地方書店でも作家さんが行ってみたい!と思ってもらえることを目標に日々奮闘中。そしてお客様にもあの書店に行くとわくわくする!と思ってもらえるようなお店になることが最終目標の宮崎県の書店員。