新川帆立さん『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』
法律家スピリットと反抗期の批判精神から生まれた物語
『元彼の遺言状』で『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞して一昨年デビューした新川帆立さん。以来ヒットを飛ばし続けている彼女の新作が『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』。リーガルSF短篇集という、新たな試みだ。このなんとも長いタイトルにも、実は意味があるそうで……。
架空の法律が制定されたパラレルワールド
二〇二一年に第十九回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作『元彼の遺言状』でデビュー、大ブレイクを果たした新川帆立さん。最新作『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』、通称「令和反逆六法」は六篇を収めたリーガルSF短篇集。現実とは異なる法律が制定されたパラレルワールドにおけるレイワの日本が描かれていく。
実は新川さん、デビュー前はミステリーではなく、主にファンタジーやSF作品を書いていた。『このミステリーがすごい!』大賞に最初に応募した作品もファンタジー系で、動物たちが人類を滅ぼそうとするなか、人と共存してきた犬と猫とゴキブリが立ち上がる話である。その作品で落選したため、一念発起してミステリーを研究して書き上げたのが、『元彼の遺言状』だったのだ。
「最初に応募した原稿を書いた時は、噓の世界を作る技術が追いついていなくて、リアリティが足りなかったと思います。でもちょっとコツを摑んできたんです。自分が心から〝この世界はありうる〟と信じられないと、説得力のあるものにならないんですよね。この世界はあるんだと信じられるくらい、ぶれない土台をしっかり作れば書ける、と気づいたんです」
ただ、今作は自分から発案したものではなかったという。
「二〇二一年の『小説すばる』九月号のゲーム特集に、囲碁か麻雀のどちらかを題材にしたものを書きませんかと言われ、それで『接待麻雀士』という短篇を書いたんです。デビューしてからはじめて書いた短篇でした」
新川さんは高校時代に囲碁部に所属、大学に入ってから麻雀を始めてプロの資格を取っているので、そうした依頼があるのもうなずける。
「囲碁の話はもう宮内悠介さんが素晴らしい先行作品を書かれているので、私は麻雀を選びました。書く前に麻雀や将棋などが出てくる他の小説をいろいろ読んだところ、どちらかというと真剣勝負の世界や、純粋な勝負事に宿る美しさや狂気を表現したものが多くて。それはそれで面白かったんですけれど、現代社会を眺めた時、真剣勝負の美しさが素直に受け取られるような世の中ではない気がしました。それで、現実の汚い部分に吞み込まれる話にしようと考え、普通の麻雀ではなく接待麻雀だな、と(笑)。どういう状況の接待麻雀かを考えるうちに、〈健全な麻雀賭博に関する法律〉という、架空の法律が出てきました」
例和三年、賭け麻雀が合法化。認知症予防効果があるというのが表向きの理由だが、裏には賭け麻雀を通じて賄賂を収受したいという政治家の思惑がある。接待麻雀士、塔子の仕事は、相手にゲームのスリルを楽しませつつ上手に負けること。しかしその夜、接待相手である官僚の男は、どんなにチャンスを与えてもなかなか勝ってくれないのだった──。この『接待麻雀士』は本書では第六話として収録されている。
「自分としては、架空の法律は単なる設定のひとつに過ぎなかったんです。でも〝この法律が面白いよね〟と言われ、架空の法律を入れたシリーズを書きましょうという話になりました」
お題から法律、世界、キャラクターを設定
毎回、担当編集者からお題が出されたという。
「『接待麻雀士』の後、編集者から〝次はアニマルライツはどうですか〟と提案されて第一話の『動物裁判』を書いたんです。そこから自然と、編集者からお題をもらう流れとなりました」
どの短篇も法律のユニークさはもちろん、それがなぜ制定されたのか、制定後の世の中はどうなったのか、細部まで丁寧に作られていて読ませる。
「最初に与えられたお題について調べ、その周辺でいちばん本音と建て前がぶつかりそうなところで架空の法律を考えました。その法律が成立するのはどういう社会なのか、その社会のなかで動いた時に面白くなるのはどんなキャラクターか……と、ひとつずつ積み上げていくと、出力としては突飛な感じになるんです」
第一話「動物裁判」は、〈動物福祉法〉及び〈動物虐待の防止等に関する法律〉が制定された礼和四年が舞台。動画配信で人気を博す黒猫のココアが、配信の際に相棒のボノボ、レオから卑猥な行為をされたとして告訴する。もちろん手続きを行ったのは、それぞれの保護者である人間だ。弁護士の〈ぼく〉はレオの保護者、琴美から依頼を受けて弁護を引き受ける。裁判の行方も気になるところだが、琴美に下心を抱く〈ぼく〉の言動には、やや違和感が。
「これは実体験が反映されています。よく男性の弁護士さんで、外国人の人権問題や貧しい人への支援などを頑張っていて、思いやりもあるし人権意識も高いはずなのに、女性の権利に対する意識が抜け落ちている人っているんです」
第二話「自家醸造の女」は、禁酒法がお題だったという。これは、戦後から施行されていた禁酒法が廃止されたものの、すっかり家庭でのどぶろく造りが浸透し、酒の味=家庭の味という価値観が広まった麗和六年の話だ。主婦の万里子は市販の酒で満足していたが、義母に頼まれて酒造りをせねばならなくなって四苦八苦する。「酒」を「料理」に置き換えれば、現代日本に通じるだろう。
「これも実感がこもった話です。料理って今でも手作り神話が根強いですよね。私、家に炊飯器がなくて〈サトウのごはん〉を食べていた時期があるんですが、会社でそれを言ったら冷ややかな目で見られたことがあって。でも、外国ではご飯を家庭で炊くとは限りませんよね。この話を読んだらみなさん〝いや、お酒は家では造らないでしょう〟と思うだろうけれど、同じように料理だってそこまで手作りが当然と思わなくていいんじゃないか、という気持ちがあります」
手作り自体を批判するのではなく、「女性が家で手作りするべき」という価値観の押しつけに対する疑問を感じさせる内容だ。
「押しつけられて〝ウザイ〟と思えるうちはまだよいですが、その押しつけを内面化してしまうことってありますよね。手作りできない自分は駄目なんだ、と自己不全感を抱いてしまうという。特に女性は、〝こうあるべき〟みたいな規範が多すぎて、その規範同士が矛盾したり、両立できなかったりすることが多い。これは、本当にリアルな話だなと思いながら書きました」
第三話「シレーナの大冒険」は、海辺の村に住む歩行型人魚、シレーナが主人公。彼女の母親、エンジェルはこの世界の裏側にあると言われるフィーワールドに行ったまま帰ってこなくて……。これがもう、思いもよらぬ展開になる。
「お題はメタバースでした。私は〝都合のいい恋愛〟を書いた小説だと思っています。メタバースと現実社会は同じかどうかを考えた時、いちばん本音と建て前がぶつかるところって恋愛だな、と思ったんです」
第四話「健康なまま死んでくれ」のお題は、労働法だったという。主人公は大手通販サイト運営会社の配送センターに勤める派遣社員の成瀬。過労死を防ぐために隷和五年に〈労働者保護法〉が制定され、成瀬らはウェアラブル端末で企業に健康状態を管理されている。ある日、このセンターの正社員が突然死の状態で発見される。その真相とは。
「労働に関することは、法律を作ってもその通りにならないケースが多いんです。残業は駄目だというルールを作ると、みんなタイムカードを押してから残業するようになるし、派遣社員は三年働いたら正社員にしましょうという改正労働者派遣法が施行されると、正社員が増えるどころか三年経ったら雇い止めされる人が増えてしまった。弱い立場の人がさらに弱くなったんです。負担というのは弱いほうに流れていくという構造を書くためにも、オチはこれしかない、というものを書きました」
第五話「最後の YUKICHI」のお題はキャッシュレス。零和十年、現金は廃止されたが裏社会では YUKICHI(一万円札)を使ったマネーロンダリングが横行。国は対策室を設置、そこの職員は YUKICHI ハンターとして不正利用者を取り締まっている。佐渡島の農家の三男、三平は、兄から大量の YUKICHI を預かったがために災難に巻き込まれていく。地方の漁師や農家が実は裏社会で幅を利かせていたりして、つい噴き出してしまう内容だ。
「全六篇の六番目に書いたので、最後だから盛大に笑えるものにしたかったんです。全国で名産品を作っている皆さんが登場して派手に闘うという、ちょっとドタバタ劇系のお話になりました(笑)。ちょうど福沢諭吉の一万円札の製造が終了したところなので、タイミングとしてもよかったです」
法律家スピリットと反抗期の批判精神
どの話も、架空の設定を通して、現代社会の理不尽なルールや風潮に対する批判や皮肉を感じさせる。
「自分の性格なんですよね。私は三歳くらいからずっと反抗期で、物事を批判的に見てしまう。学校の規則もめちゃくちゃ嫌いでしたし、もともとルールがそんなに好きじゃなかったですし。ただ、ルールが好きではない人のほうが、法律家には向いているんです。法律は完璧ではないので、〝この法律は本当に必要なのか〟〝もっとこうしたほうがいいのではないか〟と、批判的に考えられる人のほうが合っている。なので、そうした自分の法律家スピリットと反抗期の気持ちが合わさって、毎回毎回、ちょっと楯突く感じの話になりました(笑)」
ちなみに、『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』という、実に長いタイトルにしたのは編集者からの提案があったからだという。
「〝法律みたいなタイトルはどうですか〟と言われ、面白いかもしれないと思いました。タイトルにある〝その他の〟は法律用語で、令和をはじめとする他にもあるレイワ、みたいな意味です。いろんなレイワで常識に振り回される人々の滑稽さにくすっと笑いながら、翻って自分たちの令和の社会もなにか変な常識があるんじゃないかと、ヒヤッとしてもらえる感じになるといいなと思って。
〝健全な〟も法律によく出てくる言葉です。法律家は定義ができない言葉は警戒すべきだと教わるんですが、〝健全〟って、まさに定義できない概念なんですよね。何が健全かは時代によって変わるし、判断する人によっても変わる。結局、法律に出てくる〝健全〟は、その法律を作った人が思う〝健全〟なんです。つまり社会で権力を持つ、比較的年齢が高く、比較的男性が多い集団が思う〝健全〟ってことじゃないですか。都合よく使われていないか警戒して、厳密に解釈しなくちゃいけない言葉なのであえて使いました」
ユーモアをちりばめながらも、切り口や読み味は短篇それぞれ。それにしても、どれも世界構築の細かさに驚かされる。
「一篇一篇、長篇が書けるくらい設定を詰めたので大変でしたが、いろいろ書けて楽しかったです。毎回、事前に簡単なあらすじは作ったんですが、全然その通りにならなくて。その世界でどんな出来事が起きるといちばん面白いのか、書いてみないと分からず修正を重ねた結果、想定外の展開になったりしました」
短篇世界の構築力と緻密なSF設定という、新たな顔を見せてくれた新川さん。
「デビュー以来、自分の書ける領域を増やす作戦を敢行している感じです。実際、この小説を書いたことで、〝この人SFも書くんだ〟と思ってもらえて、法律とは関係のないSFを書かせてもらえることになりました。今、法律系ファンタジーにも取り掛かっているんですが、それで〝この人ファンタジーも書くんだ〟と思ってもらえたら、今度は普通のファンタジーを書かせてもらえるかもしれない。もちろんミステリーも書いていきます。今は〝信用できない語り手〟の話に取り組んでいるところです」
今年は新聞連載も始まるという。あまりの仕事量の多さにちょっぴり心配にもなるが、しかし、どこまで羽ばたいてくれるのか非常に楽しみだ。
新川帆立(しんかわ・ほたて)
1991年生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』でデビュー。他の著書に『剣持麗子のワンナイト推理』『競争の番人』『先祖探偵』などがある。
(文・取材/瀧井朝世 撮影/浅野 剛)
〈「WEBきらら」2023年2月号掲載〉