【文庫版『今、出来る、精一杯。』刊行記念対談】根本宗子×伊藤万理華「小説と演劇のあわい」

文庫版『今、出来る、精一杯。』刊行記念対談 根本宗子×伊藤万理華
 根本宗子さんの初小説『今、出来る、精一杯。』は、彼女が23歳の時に書き下ろした演劇作を原案とし、コロナ禍の真っ只中の2022年に単行本、2024年に文庫として出版されました。2019年公演の同作で、最年少のバイト役(篠崎)を演じたのが伊藤万理華さんです。伊藤さんは、単行本版の本作を読んだ際、感想として「(重要な役どころである)新人の坂本さんがどんな闇を抱えているかよくわかった」と、根本さんに伝えたそうです。演劇と小説――そこには、どんな違いがあり、または共通項は何なのか、演劇の聖地・下北沢で大いに語り合いました。
※本記事は、2024年11月17日に本屋B&Bにて行われた対談の内容を再編集した抜粋版です。

「根本さんの作品だったらなんでもやります」

【文庫版『今、出来る、精一杯。』刊行記念対談】根本宗子×伊藤万理華「小説と演劇のあわい」メイン写真

根本宗子(以下、根本)
 この『今、出来る、精一杯。』は私が23歳の時に書いた舞台で2013年に初演しました。私の自伝的要素と言いますか、車椅子時代の話も入っている、若い頃にしか書けないすごく思い入れのある作品で、その後、節目節目に再演させていただいています。
 私の劇団の10周年の2019年に、新国立劇場の中劇場というバカでかい会場で再再演がありまして、その時に篠崎七海という役を万理華さんにやっていただいたというご縁です。万理華ちゃんがグループを卒業されて間もない頃でしたね。

伊藤万理華(以下、伊藤)
 そうです。

根本
 グループにいらっしゃったときの舞台を見にいって、その時の万理華さんの演技がすばらしかったんです。

伊藤
『墓場、女子高生』(2016年)を見に来てくださって。

根本
 主演をやられてたんですよね。それがすごい素敵で、いつかご一緒したいなと思っていました。その後はじめてお会いした時に、ちょうど『今、出来る』の再再演が決まっていたので、台本を読んでもらって、この役どうですか? と相談したんです。

伊藤
 覚えています、下北でした。私は根本さんを前から存じあげていました。全部ではないけど作品も拝見していて、まわりの人たちからは「根本さんと合うよ」と言われていて……グループを卒業してすぐお声がけいただいたんです。台本を読んで篠崎に共感したことももちろんですが、もう、根本さんの作品だったらなんでもやりますっていう気持ちでした(笑)。ちょうど23歳でした。

根本
 そう、私がこれを書いた歳。

伊藤
 この時は、音楽劇でしたよね。根本さんはご自身をモデルにした長谷川未来の役。

根本
 再再演の時は30歳になってて、最初は自分で自分の役をやるかどうか迷ったのね。あまりにもあの役が「私」だから。大きい会場にして音楽劇になった時に、すごい生々しい人が出ちゃうと、どう受け取られるか分からなくて。結果、やってよかったんですけどね。人にお願いしたら、任される人もしんどいだろうし。

伊藤
 根本さんとの関係性がしっかりできている人じゃないと……。それでも難しいと思います。私は出てくる登場人物、みんな気になっています。

根本
 本当? 万理華ちゃんがもう一回、違う役で出るとしたら、今度は坂本さんかな。35歳ぐらいになった時の万理華ちゃんが演じる坂本さん、すごいいいんじゃないかなと思う。

伊藤
 私もこの小説版を読んで、坂本さんがすごく印象に残っているんです。

根本
 年々、坂本さんをフィーチャーするようになりました。初演の時のほうが群像劇の印象が強かったと思うんだけど、徐々に登場人物の一人ひとりが粒立って見えてくるようになって。どの人も印象濃いんですけど、最後の、タイトルをセリフで言う人に坂本さんを選びました。

伊藤
 あの言葉を言ってくれるのが坂本さんということにもグッときました。多くの登場人物は胸の内をあまり言葉にしないじゃないですか。坂本さんは特に。だから、ここ(小説版)に細かく書いてあるのは嬉しいです。

根本
 3回演出したから書けたんだと思います。稽古では、「この人、セリフには書かれていないけど、ふだんはこういうふうに過ごしてる人なんだ」みたいなことをわりと話すじゃないですか。そういう、稽古で言ってるようなことが小説に活かせました。だから、次に、再再再演する時は、小説版を読むとやりやすいと思いますよ。サブテクストとして。戯曲の小説バージョンを作っておくのはけっこういいなと今回思いました。
 でもこの作品はね、気合入ってる時じゃないと書けなかったと思う。いま読んでも、若いなって思う。エネルギーがすごい。

伊藤
 小説版がですか?

根本
 物語自体。だって、はなと安藤のパートだけでも、やろうと思えば一本できるもん。スーパーの場面だけでもできるのに、12人を一つの作品に入れたっていうのがやっぱり、若さだなと思う。

23年分の鬱憤がたまっていた

伊藤
 どうしてそこまで登場人物が増えたんですか?

根本
 下北沢進出の初作品だったんです。駅前劇場借りて。それまでは5、6人の芝居やってたから、単純に、登場人物増やさないと客席埋まらないだろうなっていうのが一つ。あと、楽屋の数が増えるから十何人出られるだろうなって思って。それまで四、五年劇団やってきて出会った人の中で、好きな人全員に声をかけたの。そしたらこうなりました。

伊藤
 それから一人一人にあて書きされたんですね。じゃあその時の役者さんたちは、この本の登場人物にかなり印象が近い人たちですか?

根本
 実際にキャラクターに近いわけじゃなくて、こういうセリフが似合うかなとか、こんな役を見てみたいなっていうのが、本人にあったんですね。

伊藤
 その中で、自分をモデルにした役も入れて。

根本
 そう。やっぱり、下北沢で芝居やりたいっていう気持ちはずっとあったから、一つの節目になるでしょう。それまで自分のことをここまで書くことってなかったし。自分が体験してきたことを役でやろうって思った大きなきっかけになりました。なにを書こうって決めてこうなったわけじゃないんです。

伊藤
 23歳のエネルギーって、すごい。

根本
 いまは35ですから。たとえば一年に一本新作書くとしたら、その一年間の自分が入るじゃないですか。思ったこととかインプットしたこととか体験したしたことが。それが、作家を始めた当時は23年分生きてきた鬱憤みたいのがたまってるから、情報量増えるよね。

伊藤
 あー、その気持ち、わかります。私も初めて開催した個展は、やったことがないから、私が人生で感じた感情を全部ぶつけてやろうって。とっちらかって、ひどかったです。もう、収拾がつかない。

根本
 でもそれがおもしろいんだよね。

伊藤
 そのめちゃくちゃさを、いま出せるかと言うと、出せない。

根本
 だから、やっといてよかったんだよ。

「100%わかんないってわけじゃない」

伊藤
 小説にしたのは、いつでしたか?

根本
 2022年。それをこの度文庫化していただきました。

伊藤
 小説は初めて、ですよね。戯曲と違って工夫したこととかありますか?

根本
 章をキャラクターごとに一人ずつ区切ったんです。章ごとに、そのキャラクターの一人称で内面を書くようにして。12人全員の章があるわけではないけど、10人近いキャラクターのしゃべり口調を文章で書き分けるのはやっぱり難しいのね。何度も舞台でやっていたからできたことであって、それが自分の手癖に合ってた気もします。セリフっぽく書けるから。

伊藤
 キャラクターごとにすると、その人の中に入れるからですね。書いていて特に感情移入した人は誰ですか?

根本
 やっぱり坂本さんかも。小説にするにあたって、誰が主軸というわけではなく、はなと安藤のカップルが主人公ではあるんですけど、二人はわりとセリフだけで描き切ってる感じがあったので。逆に坂本さんがどういう人なのかは、掘り返しながら書いてる感じでしたね。舞台の場合は、彼女が面接に来るシーンから始まるんですが、小説では行くところから書いてるとか。

伊藤
 特に坂本さんは、心情をけっこう考えちゃいますよね。キャラクターとしてはおもしろかったんですけど、なにを考えてこの言葉を言ったのかな、なぜこういう行動をしたのかなとか、舞台ではわからなかったことが小説でやっと知れました。

根本
 順当にいくと、万理華ちゃんは次、坂本さんだからね。読み返すとまたやりたくなりません?

伊藤
 なりました。

根本
 西岡っていうプランもあるよね(笑)。

伊藤
 西岡さんもすごかったなあ。小説では心情が細かく書いてあって。なんなんだこの人って(笑)。

根本
 西岡と利根川のパートで具合悪くなるよ。2か月間、書くの止まったもん。この人たちの一人称にはなりたくないって。でも、100%わかんないってわけじゃなくて、こう思っちゃうっていうことは……。

伊藤
 心情がわかるから、こうはなりたくないんですよね。反面教師にしたいから。

「ゼロからものを生み出す人をすごくリスペクト」

根本
 万理華ちゃんは、台本どうやって読んでる? 映画の場合は一本できあがった本をもらえるけど、ドラマだと、一話を撮影してる間に次の話の台本が来て、というのが繰り返されるわけじゃないですか。撮る順番も、シーンをいちから順撮りなんてまずないですよね。

伊藤
 順撮りはないですね……。

根本
 だからどうやって読んで、覚えて、演技してるのかなって、素朴な疑問なんですけど。

伊藤
 例えば前後のシーンを後回しにしてここだけやる、となっていたら、本を読んで自分なりに想像して、なんとか流れを読み取ろうとするんですけど、現場で監督の意図とずれることがあります。違う、と言われて理解できなかったら、監督に直接訊いて確かめます。
 けっこう単純なことでも、覚えて、演じることに集中しすぎると抜け落ちちゃうことがあるんです。演劇の稽古の時でもあります。

根本
 でも演劇の稽古の時は、つかむのが早いなっていう印象ですよ。こっちが全然違うなって思ったとしても、いまどういうつもりでやりましたかと訊いたらちゃんと答えてくれるタイプじゃない? ビジョンはあるでしょう。

伊藤
 そうですけど……。でも根本さん、この前『ビームスねもしゅー劇場』(※2024年11月、「ビームス ウィメン 原宿」の店舗にて2日間限定開催された特別公演。出演者は当日まで伏せられていた)に参加させていただいた時、稽古の後半でセリフを足されたじゃないですか。雑談していて盛り上がって「それ入れちゃおっか」って。

根本
 あれはね、会場が特殊で、ビームスの店内だったんですよね。だから社員の方たちの会話が聞こえてきて、アパレル業界の人たちっぽくておもしろいなあと思うことが日々増えてたの。洋服の情報とか入ってたらおもしろいじゃん?

伊藤
 (笑)。あの時はいままででいちばん稽古日数が少なくて、やばい今回で根本さんに見放される可能性があるぞ。ひゃーってなっていました。
 私はたった一言のやりとりでも台本に書かれた字面を読んで覚えるのですが、でもそれは本当の意味で理解しているのではなく、文字が先行し過ぎていたみたいで。根本さんから「意味を理解していないから覚えられないんだと思う」とお話いただいて。そっか、そんな当たり前のことが抜け落ちてたんだって気付けました。

根本
 万理華ちゃんは稽古してても、ここがつながっていない、とか腑に落ちていないんだ、ということが分かりやすいし、スッとつながった時の演技がものすごくいいですね。
 私たちは戯曲(台本)を読む機会が職業的に多いから、活字を読み慣れてはいますよね。万理華ちゃんはふだんどんな本を買いますか? 私はエッセイとか、私小説的なものが好きなんです。さくらももこが大好きで、小さい頃は本といえばさくらももこのエッセイだったんですけど。

伊藤
 私は正直、活字があんまり得意じゃなくて。漫画や絵が入っている図録やアートブックが好きです。人からいただいたのにずっと読まずにいた小説とか文庫本が何冊かあって、ある日それを手に取って読み始めたら、5時間ほどかけて朝までに読んじゃって、人生変わるくらいの気持ちになったんです。なんでもっと早く本を読まなかったんだろうってすっごい後悔しました。

根本
 なんで読んでこなかったんだろうって思うぐらい面白い、その気持ちはすごいわかるな。私、本を一冊読み終わると、自分の中でちょっとだけ賢くなれるみたいな気持ちになれるのが好きです。映画や演劇も、もちろん観る前と後で自分の心持がぜんぜん変わってしまうのがすごく好きなんですけど。

ゼロから1を作る仕事と、1を100にしてくれる人

伊藤
 大きな影響を受けた作家さんはいますか?

根本
 私は大人計画がずっと好きで、だから松尾スズキさんですね。小説もお書きになってるし、戯曲もたくさん出されてて。演劇ってなかなかDVDとかも出ないので、演劇で観た作品の戯曲を買って、家に帰って、このセリフがよかったなとか思い出しながら読むのが高校生の頃好きでした。
 万理華さんは?

伊藤
 私が好きでアイコンにしてるのは菊池亜希子さん。とてもマルチな方です。菊池さんが自分で編集長をした『ムック マッシュ』という本が、私の高校時代の青春でした。あ、こんなに自分でまるまる作れる人がいるんだって。菊池さんのスタイルをまったく同じようにはできなくても、モデルに限らずいろいろやってるという意味では影響は大きいです。

根本
 お芝居もされてますしね。私、岩松亮さんの舞台で菊池さんと共演しましたよ。たくさん服くれました。やさしかったな(笑)。

伊藤
 私もちょうど一年前にドラマでご一緒しました。やさしくて服もくださって、うれしかったです。

根本
 いっしょに仕事しててうれしい人っていますよね。それこそ私は万理華ちゃんにセリフ書くのもすごく楽しいし。

伊藤
 ありがとうございます。私はお芝居をすることがメインになっているから、根本さんみたいにゼロから何かを生み出す人をすごくリスペクトしています。

根本
 自分でも変な仕事だなと思うんですけど、自分が書きたいこと、表現したい物語を作って、それを人にやってもらうって、けっこう傲慢な仕事ですよ。

伊藤
 そんなことないですよ。

根本
 私がゼロから1を作る仕事だとしたら、1を100にしてくれる人が集まって来て、それが100になった瞬間は、やっぱりやりがいを感じます。

伊藤
 それわかります。私も個展をやっていて達成感が生れる瞬間は、お客さんが入る直前の、最後の微調整の時です。自分の個展のためにかかわってくれた人たちがいっせいにギャラリーに入って、音量とか照明とか、最後の最後まで空間づくりに専念している場にいると、しあわせだなって。
 組み合わさってなにかが生まれる瞬間ってすごくわくわくします。そういう人たちと、これからもいっしょに仕事ができるといいな。

根本
 そこから別のジャンルの方に声をかけていただいて、初めての仕事につながったりするしね。『今、出来る、精一杯』の小説の話だって、私が書きたいって持ちこんだわけじゃなくて、出版社からオファーをいただいて、ありがたかったです。
 劇作家を続けてきたからこそ、小説が出せたり、ラジオ番組を持てたりするんですよね。なにか一つ自分の好きなことを続けていると、年とともにやれることが増えるんだなあって30代になって思ってます。だから長く生きるのも楽しいですよ(笑)。


今、出来る、精一杯。

『今、出来る、精一杯。』
根本宗子=著
小学館文庫


【文庫版『今、出来る、精一杯。』刊行記念対談】根本宗子×伊藤万理華「小説と演劇のあわい」根本宗子_プロフィール用写真

根本宗子(ねもと・しゅうこ)
1989年生まれ、東京都出身。19歳で劇団・月刊「根本宗子」を旗揚げ。以降すべての作品の作・演出を務める。本書が初の小説となる。他の著書に『もっと超越した所へ。』。

【文庫版『今、出来る、精一杯。』刊行記念対談】根本宗子×伊藤万理華「小説と演劇のあわい」伊藤万理華_プロフィール用写真

伊藤万理華(いとう・まりか)
1996年生まれ、大阪府出身。乃木坂46の1期生メンバー。主な出演作品はドラマ『お耳に合いましたら。』(21/TX)、『日常の絶景』(23/TX)、『燕は戻ってこない』(24/NHK)、『パーセント』(24/NHK)、映画『サマーフィルムにのって』、『もっと超越した所へ。』、『そばかす』、『女優は泣かない』、『チャチャ』など。2022年12月に書籍『LIKEA』(PARCO出版)を刊行、その本を軸に発想を得た展覧会集大成となる三部作最終章『MARIKA ITO LIKE A EXHIBITION LIKEA』をGALLERYX(渋谷PARCO)にて開催。待機作品に映画『港に灯(ひ)がともる』、映画『悪い夏』の公開が控えている。。


◎編集者コラム◎ 『正午派2025』佐藤正午
萩原ゆか「よう、サボロー」第85回