◎編集者コラム◎ 『今、出来る、精一杯。』根本宗子

◎編集者コラム◎

『今、出来る、精一杯。』根本宗子


『今、出来る、精一杯。』写真
大盛堂書店、初日の様子

 根本さんと打ち合わせするときは少しだけ緊張します。もちろんご本人が怖いわけではなく(!)、小難しいことを言われるからでもありません。根本さんと話していると、いかに日頃、私が自らの脳みそで考えていないか、つまりは編集者としての習慣や出版界の常識にとらわれているか――を痛感するからです。その範囲は、作品づくりからマーケティング・宣伝手法までに及びます。

 根本さんは出版界の方ではありません。演劇界の中心にいる方です。だからこそハッとさせられることが多い。なお、私は根本さんと出会うまで演劇のことをほとんど知りませんでした。私が2019年の年末、新国立劇場で舞台「今、出来る、精一杯。」を観劇したのはほんとに偶然。ほとばしるようなパッションを浴び、コップ、お椀、いやどんぶりから「何か」があふれ続けていくような鑑賞体験でした。この「何か」とは、私には言語化できない種類の熱であり、複雑さも秘めていました。だからこそ、ご本人の言葉として読みたかったのだと思います。観劇後、すぐに彼女の公式ホームページに感想を送りました。たしか、この舞台をどうにかして小説にしてください、というようなことを綴ったかと思います。

 記憶が曖昧な理由、それは根本さんがマネージャーを通して返事を下さったのが、それから1年後のことだったからです。コロナ禍がちょうどはじまった頃でしょうか。観劇直後の興奮こそおさまっていましたが、飲み込めない異物として依然、体内にとどまったままでした。だから根本さんと初めて会ったときは、少しどころか大変、緊張したと思います。

 日頃から劇団を主宰している彼女は、プレーヤーであり、プロデューサーでもあり、そして……天才でした。その後、何度も打ち合わせを重ね、時にはしょうもない小説の心得のようなものも述べた気がしますが、今から思えば何も言う必要はなかったですね(編集者としての役割を放棄するつもりはありませんが、本当にそう思います)。本作はやはり彼女しか書けない唯一無二の、言ってみれば小説の枠にとらわれていない小説です。このたびの文庫化を契機にして、さらに多くの方に読んでもらいたいです。

 願わくば、これからもずっと根本さんには小説を描き続けてほしい。編集者を驚かすような小説を。どうぞ宜しくお願いします。

──『今、出来る、精一杯。』担当 柏原より

今、出来る、精一杯。
『今、出来る、精一杯。』
根本宗子
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