著者の窓 第44回 ◈ 町田そのこ『月とアマリリス』
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現役の事件記者への取材から生まれた物語
──『月とアマリリス』は一度読み出すと、ページをめくる手が止まらない作品でした。町田さんの小説でここまでサスペンス色が強いものは珍しいですね。
そうなんです。今回『STORY BOX』で連載をするにあたって、せっかくなら新しいことにチャレンジしたいと思ったんです。それで編集さんに「どんなものを書いたら面白いと思いますか」と尋ねたら、「実在の事件をベースにするのはどうでしょう」という提案があって、それは初めてのチャレンジだし面白いかもと感じました。それで地元北九州で起こった犯罪の資料を読んでみたのですが、内容があまりにヘビーだし、現実の事件そのものを小説にするのはまだわたしの力量では難しかった。ただ現在起こりそうな犯罪を扱って、それが起こった経緯を書くことならできるかなと。それで始まったのがこの連載でした。
──なるほど、犯罪もののサスペンスという意図があったわけですね。北九州市の山中で一部白骨化した高齢女性の遺体が発見される、というのが物語の発端。元週刊誌記者の飯塚みちるは、かつての恋人で仕事仲間・堂本宗次郎にうながされ、地元で起こったその事件を取材することになります。
事件記者の女性を主人公にしようと思ったのですが、具体的にどういう仕事をされているのか分からなかったので、現役の週刊誌の記者や編集者の方たちに取材させてもらいました。初めての土地に行ったらまず何をするかとか、移動手段はどうするかとか、死体を発見してしまったらどうするかとか。どんなことを尋ねても即答えてくださって、それが知らない世界の話ばかりなのですごく興奮しました。そうしているうちにこの物語が降ってきて、2時間ほどの取材の間にストーリーの8割方が完成していたんです。それを帰ってすぐにプロットにまとめ、編集さんのチェックをもらって書き始めました。あんな経験は生まれて初めてで。それだけ面白い取材だったんです。
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──自分の記事で誰かを救いたいと思っていたみちる。しかし彼女がこだわった「正しさ」は、結果としてある人の心を傷つけ、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまいます。こうしたみちるの抱えている傷も、記者さんへの取材から出てきたものですか。
いえ、この部分はむしろ自分がいつも考えていることの反映だと思います。小説で社会問題を扱ったり、いろんな境遇にある人を登場させたりしている以上、書くことの責任からは逃れられません。読んで傷つく人もいるだろうし、きれい事だと反発する人もいるかもしれない。それを自分の責任と受けとめたうえで、誰かに届けたいと思っているんですが、不安になったり迷ったりすることもあります。大きな失敗をしたみちるが書くことの重さに悩むという展開は、意図せず自然に出てきたものですね。文章を書いている人なら、大なり小なりこういうことで迷うんじゃないでしょうか。
地方で生きる女性たちが感じる息苦しさ
──なぜ遺体は山に遺棄されたのか。遺体のポケットに入っていた、「ありがとう、ごめんね。みちる」というメモの意味とは。事件を追うことを決意したみちるは、北九州の繁華街で聞き込みを開始します。
みちるの取材場面は、記者さんたちに聞いた話をもとにしています。書いていてあらためて感じましたが、つくづく大変な仕事ですよね。ひたすら足を使うし、空振りすることも多いし。しかも週刊誌記者の場合、取材にタイムリミットが設けられていることが多いんです。世間の注目を集めているうちに記事にしなければならないので。当初の予定では、みちるにもうちょっとじっくり取材させるつもりでしたが、それでは記事になりませんと記者さんに指摘をいただいて、数日で事態が進展していくという流れになりました。みちるの取材場面が面白いと感じていただけたとすれば、お話ししてくれた記者さんのおかげですね。
──被害者である〝背中の曲がった高齢女性〟の足取りを探して、居酒屋やパチンコ店、ストリップ劇場などを訪ねるみちる。北九州の繁華街の描写も、この作品の読みどころです。
実在する場所を舞台にした方がリアリティが出ると思ったので、北九州の特定のエリアをイメージして書いています。居酒屋ならあそこかなとか、パチンコ店ならあれだなとか。具体的にイメージした店があるんですよ。地元の友達にお年寄りがよく打っているスロットの機種名を聞いたり、自分で打ちに行ってみたりもしました(笑)。ストリップも実際小倉駅のすぐそばにあって、わたしもよく行くんです。踊り子さんの姿にいつも元気をもらっているので、その感動をみちるにも味わわせてあげようと。
──取材で苦労するなか、みちるが偶然出会ったのが実家の近所に住む井口です。タクシードライバーである彼は、みちるを幼い頃から知っていて、さまざまな場面で彼女をサポートしてくれます。
お話を聞かせてくれたのは女性記者さんだったんですが、やはり女性だから危険な目に遭ったり、苦労したりということもあったそうなんです。それに地方は車社会なので、みちるのドライバーになってくれる誰かが必要。そこで生まれたのが井口というキャラクターでした。みちるは思い込みが強くて、一直線に突き進んでいくタイプ。それを抑えてくれるような、落ち着いた人とバディを組むのがいいんじゃないかなとも思ったんです。
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──一方、みちるが事件を追うことを、彼女の両親は快く思っていません。女性は結婚して子どもを産み、平凡に暮らすのが一番の幸せ、と信じる両親との価値観のずれ。地方で女性が働くことの難しさも、リアルに書かれています。
地方ってこんな感じなんですよ。男女平等が進んだと言われますけど、家庭という小さいコミュニティの中ではまだまだ男尊女卑の風潮がナチュラルに残っていて、男女ともにそれを受け入れているところがある。わたしが住んでいる九州でもそういう風潮は色濃くて、女性が思っていることを口にすると「また強情はってから」とたしなめられる。みちるの両親も悪気があって言っているわけじゃないんですよね。でもその善意からの言葉が、子どもを縛る呪いになって、自分の人生を諦めてしまう人もいるんじゃないでしょか。そういう問題を書きたかったので、みちるの両親はいわゆる毒親ではない、平均的ないい両親として描いています。
自分には関係のない事件、と切り捨てたくない
──懸命の取材が実を結び、ついにみちるは遺体の身元を割り出すことに成功。その高齢女性のアパートを訪ねたことで、さらに事件は大きく展開します。謎が深まる中、みちるは菅野茂美という風俗嬢だった女性の過去を調べることに……。
茂美のキャラクターも記者さんへの取材で浮かんできました。風俗で働いている女性が、彼氏に勤怠管理までしてもらって、そこに愛を感じているという話を聞いて、すごくびっくりしたんです。自分にはまったくない発想だったので。でもよく考えてみると、それに似た感情は誰の中にもあるのかもしれない。淋しさを埋めてくれる人が目の前に現れて、こうしろああしろと言ってくれたら、幸せを感じるかもしれないし、それを受け入れたら切り捨てるのが難しいじゃないですか。わたしだっていつどうなるか分からないです(笑)。それが搾取なのか愛なのかというのは難しい問題で、みちるが「わたしだって、気持ち、分かるよ」と呟いているように、誰にとっても他人事ではない話だと思うんです。
──物語の後半、みちるはいよいよ事件の核心に近づいていきます。みちるの過去の人間関係が、事件に大きく関わってくるという展開もあらかじめ決めていたのでしょうか。
そこはプロットの段階で決めていました。プロローグで事件の鍵を握る人物が、小学生時代の卓球のラリーを思い出すというシーンを書いています。みちると犯人を結びつけているのは、遠い日の卓球の記憶なんです。それで当初のタイトル案は『月と卓球』だったんです。編集さんから「それはちょっと……」という声があがって、まあそうですよねと(笑)。しばらくタイトルに悩んでいた時に、近所の小学生がリコーダーで「アマリリス」の曲を吹きながら歩いていたんです。自分も同じように吹いていたし、小学校時代の象徴みたいな曲だよなと思って、アマリリスの花言葉を調べてみると「おしゃべり」だった。この小説は違う人生を歩んできた人々が、会話によって距離を縮めていくという話でもある。ぴったりじゃないかと思いまして、アマリリスの思い出が重要な鍵を握ることになったんです。
──物語の結末で、みちるにどんな選択をさせるかも決めていたのでしょうか。
いえ、ぎりぎりまで迷いました。最終的な結論は宗次郎がみちるに対して投げかける言葉に象徴させたんですが、この言葉もなかなか決まらなくて。言うべきことは見えていたんですが、どういう伝え方をすれば誤解なく伝わるのか。みちるが新しい一歩を踏み出す場面なので、担当さんと相談しながら大切に書いていきました。
──その他にも印象的な台詞の多い小説ですよね。私が特に好きなのは、井口の「わたしたちの痛みは、一緒やんか。こっちの方が痛いとか、あっちの方が苦しいとか、比べるものやないよ」という言葉です。人それぞれ違った痛みを抱えていて、簡単に分かり合うことはできない。だからこそ対話が大切になる。
わたしは出不精なのであまり人と会わないんですが、たまに面と向かって話をすると、ものすごい量の感情のインプットがあって。やっぱり直接会うのって大事だなと思うんですよ。スマホのメッセージのやり取りでは、相手が笑いながら文章を打っているのか、怒りながら打っているのか分からないですからね。顔を見るとお互いに、言葉にならない微妙なニュアンスまで伝えられる。コロナ禍を経験して、人と話すことの大切さはあらためて感じているところです。
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──初めてのサスペンス小説を書き終えて、今のお気持ちは。
書いていて自分の中で変化した部分は確実にありましたね。これまでは作中に書いたような事件報道を見ても、「自分には理解できない」と切り捨てていたと思うんです。でも連載を続けるうちに、自分も一歩間違えば同じような罪を犯していたかもしれない、少なくとも可能性はゼロではないな、と思うようになりました。自分の無意識的な傲慢さに気づかされて、恥じ入るようなところがあったんです。罪を犯した人に完全に寄り添うことは不可能ですが、そこにいたった経緯を考え続けるのは大事なことだなと思っています。
──この物語を読んだ読者も、同じように感じるかもしれません。ではあらためて、読者の皆さんに一言お願いします。
サスペンスというこれまでと違った書き方にチャレンジして、書き上げることができたのは大きな自信になりました。こういうものをもっと読みたいという声があれば、また挑戦してみたいと思います。といっても芯にある部分はこれまでと変わりません。孤独や痛みに向き合い、寄り添うような作品になっていると思いますので、たくさんの方に読んでもらえると嬉しいです。
町田そのこ(まちだ・そのこ)
1980年福岡県生まれ。福岡県在住。2016年「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年、同作を含む短編集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞。著書に『宙ごはん』『夜明けのはざま』『わたしの知る花』『ドヴォルザークに染まるころ』、「コンビニ兄弟」シリーズなど。
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