新美 健『違法捜査官』

新美 健『違法捜査官』

高いココロザシのいらない警察小説を目指しました。


 明治の西南戦争を扱った小説でデビューして以来、時代小説、探偵小説、家族小説ときて、小説稼業10年目にして警察小説を手がけることになりました。

 唐突に告白してしまうと、

 現代を舞台にした小説を書く作業が苦手です。苦手というか、現代的なテーマやコンセプトで悩んでしまうのです。
 歴史上の人物や事件をもとにした作品であれば、資料を検討して新解釈や恣意的な改変を試みることができる。過去から積み上げられた歴史が素材だ。実在の人物は残らず故人であり、事件は記録として確定している。だから、安心して創作に挑める。新しい資料が発見され、研究者の地道な努力によって通説がひっくり返ることもあるが、もとより虚実を交ぜて魅力的な嘘をつくのが創作の醍醐味である。市販のプラモデルを改造して自分だけのオリジナル作品を生み出す楽しみというか……。

 ところが、

 現代が舞台では、そうもいかない。多かれ少なかれ、現代社会を反映する。時代小説や歴史小説も反映はさせるが、限定的であり、必須ではない。現代小説は今の社会問題も扱わざるを得ない(あるいは、扱わなくてはならないと思い込む)。しかし、すべては現在進行形であり、なにひとつ確定はしていない。報道には発信側の恣意が紛れ込む。ドキュメンタリーを謳うプロパガンダも存在する。今日の〈真実〉が、明日にはひっくり返る。それは歴史学の比ではない。
 小説は娯楽であり、すべての小説はファンタジーだと考えています。読者を深刻にさせればいいというものではない。小説は娯楽なのだ。正直に言えば、現代社会の闇など、くそくらえ、だ。

 などと言いながら、

 闇バイトや移民問題もしれっとテーマにする矛盾をさらして平然としているのが、物書きの度し難さです。面白くなれば二律背反も上等なり。蜜でも砂糖でもぶっかけましょうぞ。

 さて、警察小説の話に戻すと、

 初挑戦であり、最低限必要であろう警察関係の資料は集めましたが、あえて取材はしないことに決めました。警察小説もファンタジーの一種だと割り切りました。
 舞台は東京都下。23区ではない。都心から少し離れた架空の街。工業地帯に外国人労働者を受け入れてきた歴史があり、最近は都心部から逃げてきた半グレなどが流入して治安が悪化している街。警察小説や探偵小説において、本当の主人公は人間ではないと考えています。街が主人公であり、登場人物や事件は、その舞台が持つ特性の反映である、と。
 人間の主人公は、平刑事の仲條晴臣。サボりを得意とする巡査部長。警官らしくない警官で、目的のためなら手段を選ばない。その志は限りなく小さく、きわめて個人的。警察の職務環境はきびしく、まともな神経ではやってられない。そこに倫理観を拗らせた先達である芹沢警部補がペアとなって暗躍します。個人的な正義を認めないのが警察ですが、法的なルールで対処できなければ警察官もアウトローになるしかない。不法には不法。違法には違法で。そこに公的な正義はないかもしれないが、伸び伸びと違法行為にいそしむ主人公たちの雄姿を楽しんでいただければ……と。

  


新美 健(にいみ・けん)
1968年生まれ。愛知県豊田市在住。金沢経済大学(現・金沢星陵大学)経済学部卒業。『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』で、第7回角川春樹小説賞特別賞を受賞し、デビューを飾る。同作で、第5回歴史時代小説作家クラブ賞文庫新人賞も受賞した。

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違法捜査官

『違法捜査官』
著/新美 健

◎編集者コラム◎ 『ぎんなみ商店街の事件簿(Brother編・Sister編)』井上真偽
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