一雫ライオン『六月の満月』◆熱血新刊インタビュー◆

必死に生きている

一雫ライオン『六月の満月』◆熱血新刊インタビュー◆
 2021年刊の第3作『二人の噓』がスマッシュヒットを果たし、多くの読者から新作を待たれる存在となった、一雫ライオン。最新刊『六月の満月』は、拭い去れない過去を背負った男女二人に、さらにもう一人が加わって生まれる、特別な絆の物語だ。
取材・文=吉田大助 撮影=黒石あみ(小学館)

『六月の満月』は、2025年に創業した出版社「流星舎」の創立記念書き下ろし長編小説だ。いわゆるひとり出版社から新作を刊行することとなった経緯には、この作家らしい絆──断つことなどできない人と人の深い結びつき──のドラマが宿っていた。

「僕は幻冬舎さんから出した『二人の噓』でようやく作家にしてもらえたというか、小説という世界の片隅に自分の居場所を作ってもらえたんですが、その本の編集者から〝ちょっと会えませんか?〟とある日電話が来たんです。声色からなんとなくヘンだなとは思ったんです。喫茶店で会って話してみたら、彼は幻冬舎を辞めて一人で出版社を作ることにした、と。〝ものすごく大変な船出になると思うんですが、ライオンさんに第一弾の本を書いてもらいたい〟と不安そうな顔で言うんです。たぶん僕ね、その時ニヤッとしちゃったと思う。〝もちろん、喜んで〟と二つ返事でした。自分の人生を、彼は僕に賭けてくれたわけじゃないですか。男冥利に尽きるなと思ったんです」

 どんな物語を書くべきかという指針は、明確だった。

「彼と一緒に作った『二人の噓』の流れを汲んで、今の時代からすると古臭い言い方かもしれないんですが、〝男と女の物語〟を書きたいと思いました。本来であれば出会うはずもない、交わるはずもない二人が偶然出会って、ゆっくり惹かれ合い、恋に落ちていくという物語を作りたい。そう考えた時にふと浮かんだのが、刑務所から出てきて、友も家族もいない状態で、これからどうやって生きていけばいいかを必死に摑もうとしている男と、ある出来事のせいで生きること自体が罰になった女。互いに罪と罰を抱えた二人が出会う、という設定でした」

この三人は、三人で出会う前よりは幸せになった

 2024年11月、32歳になった山井章吾が出所する場面から本編は幕を開ける。章吾は一人の男を刺殺した罪で、12年間もの長きにわたり刑務所の中で暮らした。耳目に入ってくるものへの新鮮な反応を通して、塀の中にいた日々の重みが読者に伝わってくるオープニングだ。その足でたどり着いたのは、杉並区荻窪にあるねじ工場だ。明日からはここで働き、工場からはかなり離れた場所にある、芦花公園近くの古びたアパートで一人暮らしを始める。

 これはもはや、一雫ライオンの作家性と言っていいだろう。主人公たちの物語を紡ぐうえで最も相応しい、ロケーション選びが素晴らしい。都内でありながら陸の孤島のような、言ってしまえば絵にならないまちなのだ。

「僕は生まれが阿佐谷なので、あの辺りはちっちゃい頃から親父によく車に乗せてもらって通っていたんです。幹線道路の環八を一本入ったところにある、旧環八通り沿いは幼心にすごく印象に残っていて。不思議な寂しさがある場所なんですよね。通りにはあまり飲食店もないですしスーパーもない。昔ながらの豆腐屋と、ちっちゃいラーメン屋とそば屋があるかな、というくらい。その寂しい雰囲気が、誰とも交われずに生きていくしかない主人公の男と女に合っていると思いました」

 そのまちだからこそ、二人は視線を交わし合うことができた。通り沿いの弁当屋で働く若い女性──巴実日子と章吾の、出会いの場面は鮮烈だ。

「片側一車線で、道幅がものすごく狭いんです。歩道をギリギリ人が歩けるぐらいの狭さの道に、バスが通っているんですよね。僕はのんびりバスに乗るのが趣味なので、この路線にも何度か乗っているんですが、バスが信号で止まると、座席の目と鼻の先に住宅や店舗がある。主人公の男がバスから彼女を見る、この道で出会うというシチュエーションを思い付いたんです」

 やがて二人は対面で出会い、少しずつ心の距離を縮めていく。章吾は自分を受け入れようとしてくれた実日子に、刑務所に入っていた過去と共に誰にも言えなかった本当の動機を隠さず告白し、実日子もまた己の罪を語り出す。関係を深めた後、実日子が章吾に吐露した思いが印象的だ。自分が犯した罪について話せる相手は、他にはいない。話せることで、助けられている──。

「僕にとっては、妻が同じような存在ですね。よそでは話せない自分の内側のことも話せる、聞いてくれる人なんです。別に恋人や夫婦じゃなくても、友達だったり、もしかしたらネット上でしかやりとりしない人だったりするかもしれないけれども、そういう誰かがいたらそれは幸せな人生だと思うんです。一つの出会いで、人生って大きく変わっていくじゃないですか。〝あの時あの人と会ってしまったから〟という感覚は、常に小説で書いてみたいことの一つなんです」

 その感覚は、人生をネガティブにもポジティブにも変える。章吾と実日子はもう一人の人物と出会うことで、運命が大きく変わっていく。

「章吾と実日子の関係を、かき回す存在が欲しかったんです。言ってしまえば、ヒールの役回りです。ただ、僕はヒールにはヒールの悲しさが欲しいタイプなんですよね。ヒールの彼にも1センチの幸せは摑んでほしい、と思いながら書き進めていったら、僕自身も驚くような展開になっていったんです」

 本作は、章吾と実日子という「二人」の物語ではない。もう一人の青年を含めた、「三人」の物語なのだ。

「もしかしたら結論は悲しい、切ない話かもしれない。でも、僕の中ではこの三人は、三人で出会う前よりは幸せになったんじゃないのかなと思っているんです」

実日子だから言えたことだし、章吾にだから言えた

 実は、初稿の段階では物語の雰囲気が全く違っていた。

「最初はひたすらに暗い、重い話でした。流星舎の第一弾の本となるからにはいいものにしなければいけない、という無駄な気負いもあったんだと思うんですよね。初稿を読んだ編集者から言われたのは、〝一雫ライオンはエンタメ作家なんです。とにかく読者を楽しませなければいけない。そのことだけを考えてもう一度原稿を見つめ直してくれませんか?〟と。その通りだなと思ったんですよ」

 そこから具体的に、何を変えたのか。

「初稿の段階では、罪を犯した主人公が幸せを欲しがっている、幸せに向かっている姿を見て読者さんが〝何を身勝手な〟と感じてしまったらいけないなと思い、過去にはこんなつらいことがあって今もこんなふうに後悔していて……という姿を分厚く書いていたんですね。そこに引きずられて、周囲の人間たちもみんな暗くなってしまっていた。変えるとしたら、実日子のキャラクターだなと思いました。明るくしたんです。つまり、彼女は罪と罰を常日頃から自覚していながらも、毎日人に会えば笑っている。なんとか生きていくエネルギーを自分で摑むために、あえて笑うんです」

 生まれ変わった実日子の口から出てきたセリフが、決定的だった。

「実日子が省吾に〝どうせ、毎日はつづくんだから〟と言うんですよね。書きながら偶然出てきた言葉なんですが、この物語はそういう物語なんだよっていうことを実日子が僕に教えてくれたんです。どうせ毎日はつづいてしまうんですよ。だからこそしんどいのかもしれないけれども、だったら少しでも幸せになれるように頑張ろうよ、と。あのセリフは、実日子だから言えたことだし、章吾にだから実日子は言えたんだと思っています。この物語を書いたからこそ、生まれた言葉だったんです」

 納得のいくかたちで本作を完成させられたことで、作家としてスイッチが入った。「今後は1年に2冊の新刊を出していくつもりです」と宣言する。

「『二人の噓』が終わった後におっきい病気をしまして。妻も子供もいますので、命を守らなきゃいけないからと自分でブレーキをかけていたんですよね。でも、そろそろブレーキを外していいだろう、と。この命を使い果たしてやろう、とにかく書けるだけ書こうと思っています。年2冊のうちの1冊は、流星舎さんから出していただく予定です。社長(担当編集者)からは〝連載の枠をどこかで押さえたいんだけれど、難しかったら書き下ろしでお願いします〟と言われているんですが、僕は基本的に書き下ろしになるなと覚悟しています(笑)。小説家って噓をつく職業だと思うんですが、登場人物の精神的な部分だけは噓をつきたくないんですよね。今の時代、そんなの泥臭いとか古臭いとか言われるのかもしれませんが、人間が必死に生きている姿をこれからも書いていきたいんです」


六月の満月

流星舎

山井章吾は20歳の時、人を殺めた。出所した彼を出迎える者は、一人もいなかった。巴実日子は22歳の時、ある事件によって未来と希望を奪われた。それでも彼女は、あえて笑顔で生きていた。そんな二人が出会い、ほのかに惹かれ合う。なんでもない日常が、互いの孤独を溶かしていった。だが、過去は簡単には眠らない。ある日、章吾の前に現れた一人の青年。「六十五番さんっすよね?」。その声が告げたのは、刑務所にいた頃の章吾の〝名前〟だった──。 三人の宿命が交わる先にある結末とは?


一雫ライオン(ひとしずく・らいおん)
1973年生まれ。俳優としての活動を経て、演劇ユニット「東京深夜舞台」を結成後、脚本家に。多くの作品の脚本を担当後、2017年『ダー・天使』で小説家デビュー。2021年、女性判事と元服役囚の悲恋を描いた『二人の嘘』がベストセラーとなる。その他の作品に『スノーマン』『流氷の果て』などがある。


採れたて本!【デビュー#40】
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