田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第47回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 岩手県の最低賃金(時間額)が、1,090円になる。
 2019年は790円だったから、わずか7年で300円、率にすれば約38%上昇することになる。この数字を見たとき、最初に僕が思ったのは、「とうとう、ここまで来たか」ということだった。
 もちろん、最低賃金の引き上げそのものを否定したいわけではないし、物価がこれだけ上がっているなかで、生活のために働く人の賃金が上がるべきだということにも異論はないのだが、地方で書店の経営に携わっている僕は、どうしてももうひとつ、この300円を僕たちの商売は本当に吸収できるのだろうか、ということを考えてしまうのだ。
 書店はもともと、利益率の高い商売ではないから、これまでも経費を見直し、人の配置を考え、営業時間を考え、できることをひとつずつ積み重ねてきたのだが、それでも最低賃金が上がれば人件費は確実に増え、それは単に時給の数字が変わるということではなく、店を何時間開けるのか、何人で店を回すのか、そして最後には、この店を続けることができるのかというところにまでつながっていく。
「続けたい」という気持ちと、「続けられる」という現実は、残念ながら同じではない。
 もちろん、問題は最低賃金だけではなく、電子書籍の普及、スマートフォンに奪われる可処分時間、雑誌販売の落ち込み、物流費や光熱費の上昇など、いくつもの要因が重なって、もともと薄かった書店の利益を少しずつ削ってきたわけで、最低賃金の上昇は、その積み重なった問題を一層見えやすくしたものなのかもしれない。

 そんなことを考えていたとき、東京商工リサーチが9月18日に発表した「書店」の業績調査を読んだ。
 2025年度の主要書店304社の売上高合計は6121億4000万円で前年度比1.6%増、最終利益合計は40億2600万円で365.4%増だから、利益だけを見れば前年度の実に4.6倍ということになり、この数字だけを取り出せば、書店業界も少し元気になってきたのかな、と思いたくなる。けれど、その先を読んでいくと、僕が日々感じている書店経営の実感とのあいだにある距離が、少しずつ見えてくる。
 304社のうち増収増益だったのは41社、13.49%にすぎず、最も多かったのは減収減益の87社、28.62%で、さらに売上高100億円以上の企業はわずか16社、社数では5.2%にすぎないその16社で、全体の売上高の75.2%を占めている。
 しかも、業績を伸ばしている大手を見ると、法人向け販売や図書館運営、海外展開、カフェ、ホビー、トレーディングカード、雑貨など、「店頭で本を売る」こと以外の事業を広げており、これだけ利益が改善した2025年度でさえ、304社の最終利益率は0.6%だった。
 こういう数字を見ていると、やはり、本を売るだけでは書店という商いが成立しにくい時代になってしまったのだと思うのだが、そのことを「だから書店も変わらなければならない」と一言で片づけてしまうことに、僕はどうしても抵抗があり、正直に言えば、僕はそのことが悲しいのである。

 本屋なのだから、本を売って商いが成り立ってほしいし、本を仕入れ、棚をつくり、その本を必要としている人に届け、ときには本人さえ探していなかった本と出合ってもらい、その積み重ねによって店が続き、そこで働く人たちが暮らしていける、それでいいではないかと、僕は今でも思っている。カフェをやらなければならないわけでも、雑貨を売らなければならないわけでも、イベントを次々に開かなければならないわけでもなく、本屋は本を売ることで食べていける、本当はそんな商いであってほしいのである。
 だから僕は、「これからの書店は複合化すべきだ」と言いたいわけでもなければ、昔ながらの本屋はもう古い、と言いたいわけでもないし、むしろ本だけを売る本屋がきちんと商いとして成立する社会であってほしいという気持ちは、以前より強くなっているようにさえ思う。
 しかし、そう願う一方で、目の前にある数字から目をそらすわけにもいかない。
 願いだけでは店を残すことができないのだとしたら、僕たちは次に何を考えればいいのだろう。

 そんなことを考えているなかで、僕が以前から構想を聞き、微力ながら少しだけ関わらせてもらっている新しい書店が、ついに自由が丘で開店した。

「Stoa’S」(ストアズ)という。
 Stoa に「AS」を組み合わせた名前で、自由が丘駅からほど近い場所に9月24日にプレオープンし、29日に本オープンした新しい本屋である。
「Books, Coffee & Herbs」、そして「本を買う、作る、読む、話す。個性が隣り合う、参加する本屋。」を掲げるこの店について、僕はまだ構想でしかなかった頃から話を聞く機会があり、といっても僕が店をつくっているわけではなく、本当にほんの少しだけお手伝いをさせてもらっているくらいの立場なのだが、話を聞けば聞くほど、これまで僕たちが「本屋」という言葉から思い浮かべてきたものとは、少し違う場所になりそうだと感じている。
 営業時間は12時から21時で、24席のカフェは、本を読んだり、お茶を飲んだりするだけではなく、ゆっくり仕事をすることもできる空間になっている。そして、この場所で人と出会い、関係が深まってコミュニティメンバーになると、隣接するシェアオフィスのワークスペースや応接スペース、配信ブースも使えるようになる。
 朝9時から12時まではカフェを貸し切ることもでき、25席、30席の2つのイベントスペースも併設されているから、読む、働く、話す、学ぶ、発信するといった行為が、同じ場所のなかでつながっていく。

 そして、ここからが僕には面白い。
 Stoa’S は、本を「売る」ところから考えた本屋ではなく、本を「作る」ところから考え始めた本屋なのだという。
 10月からは本をテキストにした講座が始まり、企業人事とAI、占星術などをテーマにした講座が予定され、11月からは、取材、対話、編集、デザインなどを学びながら、AI編集システムを育て、自分自身の「編集部」をつくっていく、本を作るための講座も始まる予定だという。
「ロッキング・オン」の創刊メンバーのひとりである橘川幸夫さんが毎週水曜日の夜に店にいるというのも面白く、こうしたさまざまな経験を持つ人たちが日替わりで店番をし、そこを訪れた人が適宜話しかけることができるという。水曜、木曜の日中にはケアの専門家が店番をし、グリーフケアやハンドケアなど、ケアを体験したり考えたりする会も定期的に開かれる。

「誰が店番をしているのか」が、その日の本屋の個性になるのである。

 しかも、ここでいう地域との関係は、いわゆる「地域創生」という大きな言葉から始まっているわけではなく、そこに暮らしている人たちの日常を大切にし、Stoa’S に関わる人が店番をしながら、少しずつ地域や社会とつながっていくことを目指しているのだという。
 最初に構想を聞いたときには、正直、ずいぶんいろいろなことをやる本屋だなと思ったのだが、山崎雅人代表たちの話を聞いていると、実は逆なのだということがわかってきた。

 いろいろなことをやりたかったから、本屋を始めたのではない。
 本を売るところからではなく、本を作るところから考えてみたら、やることがあふれてしまったのである。AIが文章を書き、情報を要約し、誰もが簡単に発信できる時代になったからこそ、何を残し、どう組み合わせ、どのような形で人に届けるのかという「編集」の役割は、むしろ大きくなっていくのかもしれない。
 本になった知だけではなく、本になりきれなかった知をどう残し、どう世の中へ出していくのか。誰かとの対話が翌日には記事になり、翌週には一冊の本として届けられるような世界までつくれないか。
 そのためには、「作り手にまわれ」ということなのだろう。
 僕はこの考え方が、とても面白いと思っている。
 いまは、すでに輝いている「ダイヤ」はますます目立つ一方で、まだ磨かれていない「原石」は、原石のまま埋もれてしまいやすい時代なのかもしれない。だったら、その原石を少しだけ磨き、誰かに手渡せるところまで伴走する場所があってもいい。
 そして、元通信の世界にいた山崎さんからすると、本はコンテンツとしてこれほど強いのに、それを生み出し、流し、届けるインフラがあまりにも脆弱に見えるのだという。これは、とても興味深い視点だと思う。
 本を中心にして、入口も出口も本にする。その間を一本のパイプのようにつなぎ、いま、その途中で目詰まりしている知やコンテンツを流していく。売りたい人が、売りたいものを、自分の手で届ける。山崎さんは、それを「推し活そのもの」と表現していた。
 考えてみれば、僕たちが本を誰かに薦めるときも同じで、「この本は面白いから読んでほしい」という気持ちが最初にあり、その熱が人から人へ伝わっていくことで、本は読者のところまで届いていく。

 Stoa’S がやろうとしていることは、既存の出版業界を否定して別の仕組みに置き換えることではなく、むしろ既存の出版流通と共存しながら、その手前や、その先にある部分をつなぎ直すことなのではないかと、僕は思っている。これまでの出版は、作る人、編集する人、流通させる人、売る人というように、それぞれが専門性を持ちながら水平に分かれて発展してきた。しかし人口が減少し、市場そのものが小さくなっていくなかでは、もう少し狭いコミュニティのなかで、作るところから届けるところまでを一本につなぐ仕組みも必要になるのかもしれない。そう考えると、Stoa’S はカフェやワークスペースやイベントスペースを併設した「複合型書店」という言葉だけでは、どうも説明しきれない。

 本を書きたい人がやってきて、誰かと出会い、対話し、編集し、本になり、その本が棚に並び、イベントが開かれ、読者と出合い、そこからまた別の対話や仕事が生まれていく。本を販売する最終地点だった書店を、本、人、情報、仕事、学びが行き交い、そこから次の本が生まれる起点にもしていく。僕には、Stoa’S がつくろうとしているものが、そんな「本を起点としたインフラ」のように見えている。

 僕自身、地方で既存の書店経営に携わりながら、一方では Stoa’S のような新しい本屋づくりにもほんの少しだけ関わっているからこそ、最近よく、僕たちはいったい何を残そうとしているのだろう、と考える。「書店」という業態なのか、それとも、本と人が出合う場所なのか。

 たぶん僕は、その両方を残したいのだと思う。

 本屋が本を売ることで、きちんと商いとして成立してほしいという気持ちは変わらないし、それが難しくなってしまったことを、僕はやはり悲しいと思う。それでも、本を真ん中に置いたまま、本が生まれるところから人に届くところまでをもう一度つなぎ直すことで、書店という場所の可能性を広げることはできるかもしれない。本と出合い、知らなかった考え方と出合い、知らなかった人と出会い、ときには自分でも知らなかった自分と出会う。

 そんなことが起きる場所を次の時代に残していくことも、僕たち本に関わる人間の仕事なのではないだろうか。

 最低賃金1,090円という数字は、書店経営に携わる僕にとって、やはり重い。その現実から目をそらさず、それでも本と人との出合いをどう残し、新しくつくっていけるのか。Stoa’S の挑戦が、その答えになるのかはまだわからないけれど、僕はその行方を楽しみにしている。
 そして、僕自身もほんの少しだけ、この場所で一緒に考えていけたらと思っている。

 


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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