『ザ・プラスワン マリハラがつらくて、彼を自作してみた。』刊行記念!著者特別インタビュー
〈ドラマ性とコメディ要素を含めるのが好き。人生はどちらも混ざり合っているから〉
小学館翻訳文庫の新刊『ザ・プラスワン マリハラがつらくて、彼を自作してみた。』(以下、『ザ・プラスワン』)はアメリカで脚本家として数々の作品を手がけたサラ・アーチャーの小説家デビュー作。シリコンバレーで働く29歳の女性ロボット・エンジニア、ケリーはコミュ下手で恋愛もダメダメ。母親からの「結婚しろ」の圧に耐えかねて、アンドロイドの恋人イーサンを自作してしまうというSFロマンス・コメディです。シチュエーション・コメディを思わせるテンポの良い会話や、「理系のブリジット・ジョーンズ」とも言えそうなヒロイン像は映像出身の作家ならでは。そんな著者に本作の誕生秘話を聞きました。
――とても楽しく拝読しました! この本のアイデアはどのように思いついたのですか。
アイデアを思いついたときはロサンジェルスに住んでいて、車の中でした。運転中に、よくそういうことがあるんです。突然、ぱっとひらめいたのですが、ありがたいことに、ちょうどいいタイミングで赤信号で止まったので、急いで書き留めました。はじめに頭に浮かんだのは、ジョン・ヒューズ監督の映画『ときめき サイエンス』の逆バージョンのような感じでした。でもすぐに、もう少しコメディ色の薄い、もっと人間関係を重視したストーリーにしたいと思って。それで、どんなキャラクターだったら、ロボットとの関係から有意義なことを学ぶだろうって考えはじめたんです。そうしたら、ケリーが浮かんできました。
――ケリーの語る声にすごく共感しました。ケリーはあなたの分身ですか。それともほかにモデルがいるのでしょうか。
ケリーに実在のモデルはいないのですが、ケリーの内向的な性格とか、仕事への情熱は、わたしにも通じるところがあります。といっても、ロボット・エンジニアとしての情熱をわたしが語るなんてありえないですが! わたしはどちらかというと、人間味を重視した、白黒はっきりつけない芸術的な考え方をしがちな傾向があるので、具体的、論理的な方法で、人生や人間関係に取り組む人の頭の中に入り込んで執筆するのは楽しいチャレンジでしたね。ケリーの声をつくりあげていくのに、物事を科学的な方法で見たりとか、方程式を解くときの演算順序を重視するような考え方をしたりすることが役立ちました。
ケリーの声やユーモアの一部分は、わたしと重なるところがあります。でも実際には、ケリーは、彼女と同年代のたくさんの女性の混合物だと思っているんです。インターネット時代を生きていく中で、わたしたちの多くは、神経過敏で過度に分析的で皮肉な側面を持つようになりましたが、この時代を耐えうる強さも持ち合わせていると思っています。
――ケリーはロボット・エンジニアとして、科学の分野で仕事をする成功した女性です。なぜ、舞台設定をこの分野にしようと思ったのですか。
科学の世界を舞台に設定しようと積極的に考えていたわけではなかったのですが、人工知能というトピックに魅了され、これだ、とすぐに飛びつきました。シリコンバレーのロボット製作企業がどんな感じなのか、そこで働いている人たちがどんなプロジェクトに取り組んでいるのか調べるのもとても楽しかったですね。
わたしは、登場人物にできるかぎり葛藤を与えたほうがいいと固く信じています。なので、競争の激しい男性優位の業界で働く女性の主人公を創作すれば、そこでキャリアを築いていくのはほかの業界よりもさらに厳しくなるはずだし、もしそれが脅かされることになったら、より不安になるだろうと考えました。ケリーのボスのアニタは、ケリーより年代が少し上ですが、アニタがキャリアを築いていくのは、ケリーよりももっと厳しかったはずです。十数年ほどしか違わなくても、アニタが仕事を始めたときと比べて、ケリーとその親友のプリヤのほうが、テクノロジー業界で働くことにずっと居心地のよさを感じていると思うんです。
――この小説を執筆するにあたり、どんな情報収集をしましたか。
幸運なことに、ロボット工学とプロダクトデザイン(製品設計)の分野の専門家の方たち数人から、彼らが行っている教育や仕事、取り組んでいる課題、社会貢献についてどう考えているかなどを聴く機会に恵まれました。彼らとの会話はものすごく参考になりました。わたしは主に英文学を専攻したので、ケリーの仕事をほんとうに理解したと言うにはほど遠いですが、彼らにインタビューすることで、ケリーの世界へつながる窓をひとつ開けることができました。それから、いつもしているように、知識の不足を埋めるために、グーグルにもずいぶんお世話になりましたね。雑誌の記事やインタビューを調べたり、執筆中に出てきた疑問の答えを見つけるためにブログを読んだり。シリコンバレーでの暮らしがどんなふうなのかもチェックしましたよ。AIやロボット工学の最新情報は、興味深くて、時には脅威も感じるような、わくわくするものばかりなので、しょっちゅうインターネットというウサギの巣にはまり込んでしまって、抜け出すのに苦労しましたね。
――『ザ・プラスワン』の執筆前は、コメディの分野の脚本を手がけていたという経歴をお持ちです。なぜ、小説を書こうと思われたのですか。何かきっかけがあったのでしょうか。
『ザ・プラスワン』を書きはじめたとき、わたしは人生の過渡期にいました。エンターテインメント産業で働き詰めだったロサンジェルスから、セント・マーチン島に引っ越したばかりでした。カリブ海の楽園に移ったあともまだ、慌ただしく仕事を引き受けてこなしていたのですが、執筆のための時間も確保できたんです。それで、意を決して、小説を書くことに決めました。ずっと追いかけていた夢を実現させたくて。それに、このアイデアを実現させるのに、小説という形で試してみたかったんです。ケリーの声がストーリーの主な部分を占めると感じていたし、ページの上でそれをやってみたくてうずうずしました。
何年ものあいだ、脚本を書くことに専念してきて、フィクションを書くのは自由で楽しいと気づきました。時々だれかと話していて、「このキャラクターはこう思ってるんだよ」とうっかり種明かしをしてしまって、「しまった」と思うときがいまでもあります。詩にも情熱を注いでいて、言葉の世界へおりていって歩きまわる機会を心から楽しんでいます。これは脚本を書くときにやろうと思っても、なかなかできないんです。それと、同じユーモアでも、本と映像とでは書き方に使い分けが必要になります。本の場合は、映像のときのように、視覚や台詞の間(ま)に頼ることはできませんからね。
――作中で描かれる現代の、とくにシリコンバレーの恋愛事情は、なかなか厳しい状況です。シリコンバレーで暮らしたことはありますか。なぜ、ケリーは気の合う相手となかなかめぐり会えないのでしょう。
正直に告白します。実を言うと、シリコンバレーには行ったことすらないんです。ロサンジェルスに住んでいたので、シリコンバレーは近いといえば近かったのですが。でも、長年ロスに住んでいて思ったのは、ロスとシリコンバレーには産業都市という共通点があり、どちらとも社交や恋愛事情はあまりいいとは言えないということです。多くの人が相手の職業を聞き出すことにばかり関心があります。相手がどんな人物なのか知るよりも、この相手と付き合ったらどんな利点があるのか知りたがるというか。やたらと自己アピールする傾向があるし、イメージが支配する、人工的な雰囲気があります。でも、いい面もあって、こういった地域に住んでいると、志を同じくする人に会う機会が多くあります。自分と同じことに情熱を注いでいる人が、夢を追い求めるために、それまでの生活を捨てて、ここに集まってくるんです。わたしは、ロス在住の作家のための交流会で夫と知り合いました。だから、悪いことばかりじゃありません!
――執筆中、ケリーとイーサンが迎える結末に迷うことはありませんでしたか。ふたりを書きながら、その関係はどのように変化していったのでしょうか。
このストーリーを思いついたときから中心となる筋立てはほぼ完全にできあがっていて、いくつかの草稿を書くあいだも、ずっと変わりませんでした。ケリーとイーサンが迎える結末は、はじめからあれしか考えられなかったのですが、そこにいたる道筋は少しずつ変化していきました。ふたりの関係はだんだん深く、情熱的に、人間味にあふれ、最後は、より根本的なレベルでケリーを刺激するものになっていったと思います。いつもケリーのキャラクターの軸となるものを意識するようにしていて、そうすることは、イーサンのキャラクターの軸を描くときにも、イーサン自身の成長を通してふたりの関係が変化するのを描くときにも役立ちました。
――『ザ・プラスワン』はとても面白いエンタメであると同時に、恋愛、孤独、ワーク・ライフ・バランス、正直であること、自分や家族への過度の期待といったシリアスな問題にも取り組んでいます。執筆中、どのようにして両方のバランスをとったのですか。
何かを書くときは、ドラマ性とコメディの要素を含めるのが好きなんです。人生には、どちらも混ざり合っていますからね。それが自然だと思うんです。でも、両方のバランスをとりながら、一貫した語調で語っていくのは、いつだって容易にできることではありません。ケリーの声をフィルターとして使って語ることで、ずいぶん助けられました。ケリーの目にはどう映るだろう、ケリーは何をどんなふうにおもしろいと思うだろうか、ケリーが感情的になるのはどんな場面だろうと考えながら書いていました。それと、読者を意識するのも役立ちました。この本の草稿を最初にいくつか書いたころは、自分のためだけに書いていて、読者とか、ジャンルの分類といったような商業的な関心は念頭にありませんでした。書きすすめていくうちに、この本を実際に読むであろう読者の洗練された感覚を意識することで、適切な調整を行うことができました。
――ケリーのストーリーから、読者にどんなことを感じとってほしいですか。
何よりもまず、この本を読んで楽しんでもらいたい! でも、より深いレベルで言うなら、わたしが考えるこの本の中心となるテーマは、愛情を示すにはさまざまな表現の仕方がある、ということなんです。人間に与えられた最大のギフト(力)は、何ものにも奪われることのない愛する力であり、人間としての最大の責任は、その力をいかに使うかということだと思っています。ケリーがいろいろな愛情の示し方をするようになると、イーサンだけでなく、家族や友人との関係も変わります。人工知能はこの先ますます進歩し、いずれは、ロボットが愛情を感じ、さまざまな方法で愛情を表現する能力が備わるようになるでしょう。そのことについて、それが意味することも含め、多くの問題に向き合う必要が出てくると思います。社会の一員として、わたしたちがこの問題にどのように取り組むのか、知りたくてたまりません。
――今後の予定は?
後回しにしている脚本が何本かあるのですが、二作目の小説を執筆中です。出版される日がいまから待ち遠しいです!
(翻訳/池本尚美)
サラ・アーチャー(Sarah Archer)
エンタテインメント業界の脚本家として、長年コメディ作品を手がける一方で、数々の文芸誌に短編小説や詩を発表。『ハウス』『コンカッション』『ルーツ』『ガールズ・トリップ』などの映像作品に携わり、2019年に初の長編である本作を発表し作家デビュー。現在はアメリカ・ノースカロライナ州在住。
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