週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.1 丸善お茶の水店 沢田史郎さん

週末は書店へ行こう!

挑戦する少女小説

『挑戦する少女小説』
斎藤美奈子
河出新書

 いやはや、この人の手にかかると、馴染みの物語がまるで違った顔を覗かせる。「あっ! そういう事だったのか!」という驚嘆は、ありふれたミステリー小説の比ではない。行間に秘された意味を掘り起こし、噛み砕いて案内する手腕は、一頭地を抜いている。
 文芸評論家の斎藤美奈子氏が、バーネットの『小公女』やモンゴメリの『赤毛のアン』など、世界中で読み継がれている9つの少女小説を読み直す。しかも、現代の視座から読み直す。本書は、その試みの見事な結晶。

 冒頭、「はじめに」で著者は言う。
《一見「保守的」に見える結末にも裏には意外な事情が隠されている可能性があります。また読者には「誤読する権利」がありますから、作者の意図と関係なく、自分に都合よく物語を読みかえることもできます》

 この気迫! サラッと言っているからボンヤリしていると読み飛ばしかねないが、「私の読み方は、作者の意図とはズレているかも知れませんよ」と宣言しているに等しいのだ。相当な覚悟が無いと、こうは書けまい。
 そこで、だ。こちらも〝誤読〟を恐れず自分なりに解釈してしまう。斎藤氏は、読者に誘いかけているのだ。「ジェンダー平等が壊滅的に遅れている日本に住む私たちは、これらの物語をこんな風に読み直そうよ」と。

 一例として、オルコットの『若草物語』の項を見てみよう。主人公のジョーは女の子らしさなんか大嫌い、四六時中男の子のように振る舞いたいというおてんば娘。その伸びやかな活発さはしかし、当時のアメリカでは――そして十中八九、現代の日本でも――長所としては捉えて貰えない。
 社会にとって、いや、社会の中央にどっかりとあぐらをかく男たちにとって、望ましいとされた共通認識。そう、女は家で家事というジェンダーロールが、少女期を卒業しようとしているジョーを再三再四締め付ける。オルコットは、何故、こんなにも彼女を苦しめたのか?

 それこそがこの作品に込められたメッセージだと、斎藤氏は言う。
《娘たちよ、臆せず男の子のように生きよ。君たちの前に立ちはだかる壁は高く、周りは敵ばかりだが、ひるまずに前を向け。君にはジョーがついている》

 さて、そこで。『挑発する少女小説』とは、一体誰が誰を挑発しているのか? 無論、ジョーをはじめとする少女小説の主人公たちが、「甘く見てると痛い目見るよ」と男たちを挑発しているのであり、同時に女性たちに対して「勇気を出して私たちみたいに生きてみなさいよ」と挑発しているのだろう。
 しかしそれ以上に、実は斎藤氏自身が背中を押そうとしているのだと言ったら、それこそ〝誤読〟だろうか? ジェンダーギャップ指数が世界第120位の日本で暮らしている全ての女性に向かって、「私たちの自由も権利も尊厳も、男から与えて貰うもんじゃないんだよ」と。

 

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(2021年7月23日)

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