〈第2回〉浜口倫太郎「ワラグル」スピンオフ小説 芸人交換日記

「ワラグル」スピンオフ小説

崖っぷち漫才師がお笑いコンテストを
目指す笑いと涙と戦慄の物語
「ワラグル」
刊行記念スピンオフ短期集中連載!

4月29日 from 瀬名

 この感じで書けと言っていただき胸をなでおろしました。もしかしたらラリーさんに激怒されるかもと危惧(きぐ)していたんで。

 ただこんなことをしていてKOMの決勝に行けるんでしょうか? この日記を書くのも時間がかかります。その時間をネタ作りにあてた方がいいんじゃないんでしょうか?

 明日のロケが早いので、もう寝ないとダメです。KOMに本気で挑むと決めると、どうしても時間が足りないことに気づかされます。

 スマイリーはロケが多いです。ラリーさんもご存じの通り、ロケはほぼ丸一日時間を拘束されます。つまり売れていないコンビに比べて、ネタ作りに費やす時間で不利になります。

 これがKOMのジレンマです。中途半端に忙しいとKOMで結果を残せなくなってしまうんです。デビューしてからスマイリーはその罠(わな)にはまっています。

 本当にこの調子で決勝に行けるのか? だんだん不安になってきました。

 

5月2日 from 瀬名

 今日ラリーさんにネタをボロクソ言われて、本気で腹が立ちました。「こんなクソみたいなネタを作っているから準々決勝止まりなんだ」と罵倒されたときは怒りで頭がくらくらしました。ラリーさんに付いてもらったことを後悔したぐらいです。

 ラリーさん、牧野の話をしましたよね。昔芸人だったんですが、去年作家に転身しました。同期で昔から仲のいいやつです。

 今からラリーさんが付くのを断り、牧野に本格的に手伝ってもらってKOMを目指そうか。稽古を終えてから真剣に悩んだぐらいです。本心を隠さずに書けと言われたので書かせてもらいました。

 ただここで自分の気持ちを吐き出せて少し冷静になれました。

 今日のお題は、『相方のよし太のむかつくところ』ですね。

 もうそれは山ほどあります。ラリーさんもご存じの通り、あいつはアホです。それも破格の。

 子供の頃からの付き合いですが、大人になってもアホのままです。俺たちの楽屋、缶コーヒーだらけなんですよ。よし太はコーヒーを一口呑むとコーヒーを買ったことを忘れ、また買い足すんです。そんなやついます?  

 あとあいつアホのくせに、「瀬名君、これ知ってる」って何か新しいことを知ったら俺に教えようとしてくるんです。一応聞いてやるんですけど、その上から目線で教えてくることがことごとく全部間違ってるんです。それを訂正すると不服そうな顔をするんです。

 俺に迷惑をかけるだけならばまだしも、後輩にもそうです。「一緒にコンビニに行くの付き合ってくれへん。寂しいから」と夜中の三時に後輩を呼び出すんです。先輩の頼みだから後輩もむげにもできません。後輩使いが荒い先輩として、あいつは後輩達に知れ渡っています。

 芸のことでいえば、あいつはキャラはとんでもなく濃いですが、センスのある芸人ではありません。キレキレのボケを口にしたりできません。正直そんなボケにツッコんでみたいと思ったことも何度かありました。

 だからネタ作りは俺の役割です。普通ネタはボケが作ることが多いですが、スマイリーは俺が担当です。

 何度かあいつにネタを考えてこさせたんですが、千個ボケを出させて一つ使えるものがあるかどうかです。パチンコだったら最悪の低確率台です。

 昔はこんな漫才をやりたいとよく言ってきたのですが、もう形も何もあったもんじゃありません。否定するとすねるし、「この設定でどうやって四分持たせるんや」と問い詰めると、「それは瀬名君が考えてや……」と逃げ出します。思いつきだけで全体をまったく考えていないんです。

 ここ最近はやっとそんなことを言わなくなったんですが、こっちが必死でネタを作っているときに、あいつはツイッターに後輩と楽しく呑んでいる写真をアップするんです。今俺がネタ作りをしている最中だという気遣いがあいつにはないんです。そういうがさつなところもいらいらします。

 もう書き出すとキリがないのでここで止(や)めておきます。

 

5月14日 from 瀬名

 最近寝る時間を削ってネタを作っているのでへとへとです。それなのにラリーさんは一つも認めてくれません。設定どころか、ボケ一つも合格点をもらえないんですか? いい加減心が折れそうになってきます……味園さんの紹介でなければ、とっくの昔に投げ出しています。

 それとラリーさんが見ろと言ってくれた『アカネゾラ』のネタを新人漫才コンクールで見ました。びっくりしました。あいつら本当にまだ芸歴一年目ですか? 嘘でしょ。信じられないほどの技術力でした。

 毒のあるネタだったので客にはさほどウケていませんでしたが、袖の芸人には大ウケでした。尖(とが)り具合と客ウケとの折り合いがうまくついてきたらKOMでも結果出しそうですね。未来のKOMチャンピオンだと思います。

 ボケの加瀬凜太(かせりんた)ってやつは、肩でもぶつかったら殴りかかってきそうな目つきですね。あいつヤバいですね。おもろいやつしか認めないって雰囲気をガンガンに醸し出しているんで先輩から嫌われそうですが、俺はあんな目をした芸人は好きです。

 まだ芸歴一年目の若手にあんな漫才をされたらこっちの立つ瀬がないですが、これが芸人の世界ですね。後輩に抜かれて悔しいと感じる心も薄れてきていたのですが、アカネゾラを見て久しぶりに悔しさを覚えました。それが妙に心地よくて嬉しかったです。

 今日のお題は『KOMについてどう思うか?』ですね。

 即答できます。嫌いです。大嫌いです。

 正直俺は、テレビにどう出るかだけを考えてきました。そのおかげで関西ローカルではそこそこ活躍できています。

 東京のキー局の番組に呼んでくれたらすぐにでも結果を出せる自信はあります。平場でのトークやロケは、スマイリーは大阪で鍛えに鍛えてきましたから。よし太の強烈なキャラも絶対活きますし、味園さんみたいな東京で売れっ子の兄さんとの関係性もちゃんとできています。でも東京のスタッフは、KOMで活躍した関西芸人しか呼んでくれません。

 正直KOMのせいで漫才が嫌いになった時期もありました。よくよく考えると、なぜ漫才に点数を付ける必要があるのでしょうか? お笑いってそんなものじゃないだろ。今でもそう考えています。

 ただKOMがあるからこそ、今俺は一縷(いちる)の望みに賭けられます。KOMの決勝進出という目標があるからこそ、ラリーさんの辛辣(しんらつ)なダメ出しに耐えながらもネタを作っています。

 憎いのに頼らざるをえない存在──それが俺にとってのKOMかもしれません。

 

5月26日 from 瀬名

 ラリーさん、どうしてあのボケが牧野が考えたものってわかったんでしょうか? 確かにラリーさんに指摘されたボケ三つは、牧野が考えたものです。ネタの精度を上げるために牧野にネタ作りを手伝ってもらいました。その三つを完璧に当てられたことが今でも信じられません。

 あとなぜそのことが、ラリーさんの逆鱗(げきりん)に触れたのかがわかりません。あのボケは俺もいいと思ったし、よし太も気に入っていました。

 牧野との縁を切れ、金輪際二度と連絡を取るなってちょっと無茶苦茶です。ネタのことならまだしも、俺の人間関係にまで口出しされたくありません。

 ラリーさんが牧野を毛嫌いするのもわかります。牧野の芸人時代の評判は最悪です。遅刻の常習者でギャンブル狂。借金だらけで女癖も悪い。ファンに手を出さないという芸人の不文律を平気で破っていました。

 コンパに女を連れてくる後輩しか可愛がらないので、後輩からの評判も最悪です。あいつ、女の知り合いがいる順に後輩をランク付けしてましたからね。あいつの自慢のiPhoneには、深夜二時でも呼び出せる女とモテる後輩と、小金持ちの社長の連絡先しかありません。いわゆるクズ芸人というやつです。

 それでも面白かったらすべて許されるのが芸人の世界ですが、牧野はまったく面白くありません。だから芸人を辞めて作家に転身しました。

 でも俺は牧野と気が合います。芸人になってから知り合ったんですが、すぐに仲良くなり、プライベートではずっと一緒に遊んでいます。クズ芸人ならではの可愛げがあるんです。あいつとはもう親友です。

 親友が作家になったんだから協力してやりたいです。だからスマイリーのライブに付いてもらい、俺たちのレギュラー番組のスタッフに紹介して、作家として番組に入ってもらいました。

 あいつが仕事ができるとは思いません。でも俺にとって一番話しやすい作家です。昔なじみや友達を作家にしている芸人は数多くいます。作家のラリーさんにはわからないかもしれませんが、芸人にとっての最高の作家を決めるのは、どれだけストレスなく話せるかなんです。牧野ほど俺のことをわかっているやつはいません。第三のスマイリーです。

 ラリーさんは、俺に親友を切り捨てろと暴言を吐いているんです。そんな指示に従えるわけがないでしょう。ふざけないでください。

 

5月27日 from 瀬名

 おまえはプロの芸人ではないってどういうことですか? ラリーさん、ただ単に牧野が嫌いなだけじゃないですか。

 それに、俺にMC能力がないと吐き捨てたことも腹が立ちました。

 賞レースの結果では後輩達に追い抜かれていますが、MC能力に関しては誰にも負けない自信があります。テレビではその力を使えていませんが、ナンゲキの舞台ではMCといえば俺です。そこは先輩も後輩も認めてくれています。この前は芸人が五十人以上集まる大規模なライブで、俺がMCを担当しました。芸人からもスタッフからも事務所からも高い評価をもらいました。

 東京のテレビで活躍できるきっかけさえあれば、スマイリーは絶対に売れる。何かMCをできる番組を一つでもつかめれば、それを足がかりに一気にのし上がれる。芸人を辞めないで今まで続けてこられたのも、自分のMC能力に絶対の自信があるからです。

 ネタ、ギャグ、ワードセンス、トーク、大喜利、ロケ……芸人にはいろんなスキルが必要とされますが、一番希有(けう)なのがMC能力です。だからMCをやっている芸人は羨望の的となるんです。いくらKOMで優勝して全国区の知名度を得ても、MC能力がない芸人はてっぺんには立てません。

 でも俺にはこの力があります。スマイリーの認知度が上がったらいつか俺のMC能力が活きてくる。そう信じて俺はやっているんです。

 それをラリーさんにばっさり否定されて、全身の血の気が引きました。腹が立つと書きましたが、本当は不安からくるものです。

 MCの力は俺の中では蜘蛛(くも)の糸だったんです。それをラリーさんが無残にも断ち切ってしまったんです。

 申し訳ないですが我慢の限界です。もうラリーさんとはできません。あなたはあだ名通りの死神で、芸人の誰からも忌み嫌われる作家だと確信しました。

 俺は牧野と一緒にKOM決勝を目指します。

(つづく)

 


「ワラグル」スピンオフ小説 芸人交換日記 アーカイヴ

ワラグル

『ワラグル』
浜口倫太郎

 浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう
1979年奈良県生まれ。漫才作家、放送作家を経て、『アゲイン』で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。著書に『シンマイ!』『廃校先生』『22年目の告白─私が殺人犯です─』『AI崩壊』『お父さんはユーチューバー』など多数。
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