下村敦史『アルテミスの涙』
20作目
『闇に香る嘘』(講談社)で第60回江戸川乱歩賞を受賞してデビューしてから早くも7年。
『生還者』(講談社)、『真実の檻』(KADOKAWA)、『黙過』(徳間書店)、『刑事の慟哭』(双葉社)、『悲願花』(小学館)、『同姓同名』(幻冬舎)、『ヴィクトリアン・ホテル』(実業之日本社)等々、各社で警察小説や医療ミステリー、山岳ミステリー、冒険小説と様々なジャンルの作品を書いてきました。年平均3冊のペースで単行本を刊行してきて、今回の新刊である『アルテミスの涙』(小学館)はちょうど記念すべき20作目となります。
一家心中の被害者と加害者である二人の女性の物語を描いた『悲願花』刊行後、しばらく経ってからの打ち合わせの席で、担当編集者から「次回作はコミュニケーションが制限された状況下でのミステリーはどうですか」という提案がありました。
そのとき、担当編集者が例として挙げたのが僕のデビュー作の『闇に香る嘘』でした。『闇に香る嘘』は、プロローグ以外、全編、視力を失った初老の主人公の視点で描かれており、視覚以外の描写のみで一作を書き上げた部分が特に評価されました。かなり難易度の高い挑戦だったので、同じように、「何かが制限された環境でのミステリーに挑んでみませんか」と――。
そこで生まれたのが今作の設定でした。
寝たきりの女性(意識の有無を問わず)が妊娠する――という事件は、海外のサスペンスドラマでしばしば取り扱われます。警察ものなら、被害者の証言がない状況でどう犯人を特定するのか。リーガル・サスペンスなら、言葉を発せない被害者からどう証言を引き出すのか――。
『アルテミスの涙』の主人公は、刑事でも科学捜査官でも検察官でも弁護士でもありません。産婦人科の女性医師です。
女性が妊娠した以上、犯人の逮捕や有罪が事件の解決ではなく、必ずその後があるので、出産や堕胎に携わる産婦人科医こそ今作の主人公に相応しいと考えたためです。タイトル(アルテミス)にも主人公の名前(真理亜)にも、そのような意味が込められています。
物語としては、女性患者を妊娠させた犯人は誰なのか、という謎を主軸として進みますが、読者の皆さんはぜひ、女性患者と交流する真理亜と共に、その先を見てください。
記念すべき20作目の『アルテミスの涙』を通し、何かを感じてただければ幸いです。
下村敦史(しもむら・あつし)
1981年京都府生まれ。2014年、『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリランキングで高い評価を受ける。15年刊行の『生還者』は日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補になる。著書に『黙過』『悲願花』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』『白医』などがある。
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『アルテミスの涙』
著/下村敦史