辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第7回「最強の胃袋」
打ち破った事件とは!?
2021年9月×日
もうさんざんだった。
先日、突然、夜中に2回も吐いた。いや、娘ではなく、私が。2度の妊娠によるつわりでも一切吐かず、インフルエンザで40度の熱を出しても食欲が減らず、そもそも小学生の頃以来約20年間嘔吐したことがなく、インドに3年間駐在してただの一度もお腹を壊さなかったという会社員の父の最強の胃を遺伝により受け継いだと自負していた、この私が。20年間の輝かしい(と私が勝手に思っている)記録が、何の前触れもなく破られ、しばし呆然とした。
何せ、原因が思い当たらない。妊婦だから食当たりを起こすような生肉や生魚は食べていないし、つわりは4ヶ月以上前にとっくに終わっている。確かに最近、妊娠後期に入ってお腹が大きくなったせいで胃もたれには悩まされていたけれど、だからといって、嘔吐なる生理現象と20年間も縁のなかった私が(しつこいですね)こうも簡単に陥落するものだろうか?
翌朝、そのことを夫に話すと、私の体質をよく知る彼も仰天した。さらに私の頰に紫色の細かい斑点が浮き出ているのを発見し、いっそう眉間のしわが深くなった。「大丈夫? 病院に行ったほうがいいんじゃない?」「そうだね……でもどこに行けばいいんだろう? いつもの産婦人科? それとも内科や胃腸内科?」「うーん……」と迷った末、しばらく様子見することにした。この時点では、食欲がまったくなく、胃の膨満感があって気持ち悪いこと以外は、いったん症状は落ち着いていた。
でも、なんだかんだ、やはり不調の原因が気になる。夫と二人で考察するうちに、あることを思い出した。
「あ、●●(娘)のうんちが昨日からすごく緩かったかも……熱もないし元気だし、食欲もいつもどおりだからあまり気にしてなかったんだけど……もしかして、保育園から変なウイルスを持ち込まれた?」
「それ、可能性高そうだね」
夫婦で辿りついた仮説は、医者にかからずとも、その日の午後には正しかったと証明されることとなった。夫が38度の熱を出し、胃腸の不調を訴えたのだ。やっぱりウイルス性の胃腸炎だった。おむつ替えのときにでも感染したのだろう。ああ、家族全滅。
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。