辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第7回「最強の胃袋」

辻堂ホームズ子育て事件簿
20年以上に及ぶ
ある輝かしい記録を
打ち破った事件とは!?


 薬をもらって飲ませると、翌日には熱が下がり、食欲も順調に復活していった。ウイルスに負けない超人、というわけではなかったけれど、最後まで一度も吐かなかったところを見るに、やはり胃が強靭なのは確からしい。おむつ替えの頻度が多かったくらいで上手いこと乗り切ってくれたから、親としては本当に助かった。ありがとう娘よ、ありがとう、強い遺伝子をくれた私の父よ。

 ちなみに、インターネットで調べてみたところ、私の頰に出た紫色の斑点は、嘔吐したときに力が入って毛細血管が切れたことによる内出血のようだった。もう20年も吐いていなかったから、きっと筋肉の使い方(?)が初心者並みだったのだろう。翌々日には綺麗に消えたため、ほっと一安心した。

 それにしても、こんなにひどい胃腸炎にかかったのは、最後に吐いた小学生の頃以来だった。やはり保育園というのはウイルスの巣窟なのだろうか。あれ以来、私が娘を保育園に連れていくたび、「また変なウイルスを持ってくるんじゃないか……もう二度とあんな思いはしたくない……」と夫が怯えている。でもまたいずれ起こるのだろう。小さな子どもが家にいる限り。

 いざそうなったとき、今回のように一家全滅しないよう、次は何らかの対策を講じたいと思う。娘の体調が少しでもおかしいと感じたら、夫とは別の部屋で寝るようにするとか、家の中でもマスクと手指消毒を徹底するとか。

 今、世の中ではコロナワクチンの接種が推奨されている。特に子育て世帯の場合は夫婦が同じタイミングで接種しないように、という注意喚起もよく見かける。今回はワクチンの副反応でダウンしたわけではないけれど、その重要性を身をもって実感した。子育て世帯の方や、これから子どもを持つことを検討されている方は、どうかお気をつけを。

 うう……返す返すも、やっぱり悔しい。妊娠中で免疫が弱くなっていたということも大いにあるだろうけれど、もう一生吐くことはないんじゃないかと過信するくらい、この体質を自慢に思っていたのに。って、私以外の人には心底どうでもいい話に違いないのだけれど、自分という人間のアイデンティティの一角が崩された気分なのだ。わりと、大げさではなく。

 この恨みはいずれ、娘が大きくなったときにぶつけてみることにしよう。「そんなん知らないよ……」と冷たくあしらわれる未来が、すでに目に浮かぶけれど。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。

酒村ゆっけ、さん インタビュー連載「私の本」vol.15 第3回
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.11 TSUTAYA中万々店 山中由貴さん