週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.14 うなぎBOOKS 本間 悠さん

週末は書店へ行こう!

あさひは失敗しない

『あさひは失敗しない』
真下みこと
講談社

もう15年も前の話。当時私は2歳になる息子の手を引いていた。転ばず、余計なものに気をとられず、出来るだけまっすぐ歩けるように。私を頼りに歩くその小さな手を握りながら、彼の未来が明るいものであるようにと願ったものだ。

まだおぼつかない足取りの、2歳の子の手を引いて歩く光景は、はたから見ても微笑ましいだろう。だがその息子が30歳だったらどうだろうか。

おかしいという人もいるだろう。眉をひそめる人も、何か事情があるのではといぶかしむ人すらいるかも知れない。しかし何歳だろうと私の「子ども」であることには違いない。2歳だったら微笑ましく、30歳だったらおかしい。では、5歳は?10歳は?15歳は?子育てに正解はないと言うから、その明確な境界線について誰も正解を教えてくれない。子育てが始まってこのかた、世間との、そして子どもとの距離を測りながら、私はいつだって自問している。私はおかしくないか。繋いだ手は、何歳になったら離せばいいのか。

本作の主人公、大学生のあさひには、まるで姉妹のように仲の良い母親がいる。朝は母親の選んだ服を着て、一日のスケジュールを共有する。母親はあさひの一番の親友であり、理解者だ。

〝私のためにこんなに一生懸命になってくれる人はいない〟

あさひが認めるように、どんな服が似合うかに始まり、友人の選び方や付き合い方にアドバイスをするし、GPSアプリで彼女の足跡をたどり、このようなお店に行ってはいけないと注意してくれる。いつだって「あさひは失敗しない」ように、大きな愛で、温かく包みこむ。

……いやいや、これは間違いなくホラーだ。それもかなりグロテスクな。かつて娘だった私が拒絶する。

いやいや、これは愛だ。母である私は、自身の足元がすうっと冷えるのを感じる。

 

地雷のように本文を埋め尽くす毒親の所作に、真下みことさんの調理の巧さが際立つ。毒はそれとわからないように仕込む。何気なく読み飛ばした一行にも、遅効性の毒が潜んでいるようだ。毒に侵されたあさひは母親の目をかいくぐって、とある「失敗」を犯してしまう。「失敗しないように」育ててきた母親は、そしてあさひは……悲しいほどに無垢であるあさひと、底が知れない母親。次の瞬間に彼らが何をしでかすか目が離せず、読めば読むほど肝が冷えるが先が気になって仕方ない。彼らが辿る運命、あなたには予想がつくだろうか。

 

絶対に踏まないと思っていたレールを、私も歩いているのかも知れないと気づいたとき。実はその瞬間が、一番の恐怖だった。

 

あわせて読みたい本

愛を知らない

『愛を知らない』
一木けい
ポプラ文庫

 毒親部門二作目。差し挿まれる「日記パート」は誰のものなのか……その疑問を殴り飛ばすような〝転調〟の衝撃がすさまじい。溺れる苦しさの果てに差し込む光の眩しさに、思わず快哉を叫びたくなる青春小説。読後感最高。

 

おすすめの小学館文庫

Anohi

『あの日、君は何をした』
まさきとしか
小学館文庫

 毒親部門三作目。第一章と第二章の繋がりがまるで見えない……と思ったらおいおいおいおいそこで繋がるんかーい!予測不能、母親の執念に震えるストロング級ミステリ。読後感最高、ではありません。

(2021年10月22日)

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