週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.6 うなぎBOOKS 本間 悠さん

週末は書店へ行こう!

海神の子

『海神の子』
川越宗一
文藝春秋

 社会科の選択科目は「政治・経済」だった私にとって、歴史の授業は主に内職または睡眠に充てられた。本を読み、登場人物を愛し、ストーリーを追いかけるのは何よりも好きだった少女が歴史にハマらなかったのは、ひたすら「点」を暗記するだけの作業に楽しさを見いだせなかったからだろう。あの頃の私に教えてあげたい、歴史は「点」ではないのだと。たくさんの「点」が「線」となり、「線」が交わり重なって、複雑怪奇な文様をうねるように織り上げてゆく。「点」は記号でも文字列でもない、「人」だからこそ、そこに物語が生まれるのだと。

 川越宗一さんの描く歴史小説は、「人」が生きている。

 デビュー作『天地に燦たり』も直木賞受賞作『熱源』も、胸を震わせるのは彼らの生きざまであり、その魅力的な人物像だった。史実に名を遺す彼らは大人物に違いないが、彼らは決して英雄でも超人でもない。それぞれが太い〝アイデンティティ〟の根っこを持ち、人間臭さと親しみやすさにあふれている。

 今作『海神の子』は、そのキャラクター造作の妙にさらに磨きが掛かり、屋台骨を盤石にする。まず心を惹かれたのが、田川マツという女性だ。肥前平戸(長崎県)に生まれた彼女は、明の貿易商であり海賊でもある鄭芝龍との間に二児(長子は福松、後に台湾の英雄と呼ばれる鄭成功)をもうけ、中国に渡る。この時代の女性としては十分に数奇な運命といえるのかも知れないが、歴史に残る彼女のアイデンティティは〝妻〟であり〝母〟であり、それらは〝夫〟や〝子〟の付属品としてはじめて成り立つものだ。それがどうだろう。川越宗一というフィルターを通した田川マツは、聡明で強く美しい戦いの女神・松になる。海賊の頭として剣を振り上げ男たちと渡り合い、道理を外したものは夫であろうと容赦なく切り捨てる。その人物像はあくまで川越さんの創作だと言うが、彼女の一挙手一投足は物語の開幕から読者の目を惹きつけてやまないだろう。教科書にはない、歴史小説だからこその魅力だ。

 物語は、松から福松へと繋がってゆく。母から子へ、人から人へ、そして彼らに関わる多くの人物の思想・意思・願いが交錯する『海神の子』の世界を駆け抜けた時、地続きの現代を生きる私の血が、どうどうと滾り出すのを確かに感じた。

 歴史小説は……と及び腰になってしまう人も、どうか手に取って欲しい。ページを黒く塗り潰す難解な漢字や、覚えにくい固有名詞を乗り越えたら、きっとそこにはカタルシス満載の、誤解を恐れずに言うならば、まるで漫画のような冒険活劇が、あなたを待っているだろう。

 

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