週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.15 うさぎや矢板店 山田恵理子さん
『トリカゴ』
辻堂ゆめ
東京創元社
《無戸籍》について、今まで耳にしたことはあっても、深く考えたことがなかった。この小説の中でテーマとなり掘りさげられ、現実問題として考えさせられる。
なんらかの事情で出生届が提出されず、戸籍のないまま生きている人たちがいる。小学校に通えない、病院に行けない。身分証明書がない。オーバーステイを知られないように、出産しても届けが出せないケースもある。そこに著者は光を当てている。
あらすじを紹介すると、蒲田を舞台に殺人未遂事件が起こる。強行犯係巡査部長の里穂子は、容疑者として逮捕された20代であろう女性ハナと出会う。すんなり身元がわからない彼女には、まさかの戸籍がないと言う。
一方の里穂子は夫と幼い娘が待つ家庭があり、警察の職務と育児の両立に悩みながらも仕事に邁進し、ハナの戸籍を気にかけ声をかける。ハナを追い衝撃的な光景を目にした里穂子は、思わぬ捜査に突き進んでいく。
自分のコミュニティの外から初めて心配してくれる存在の里穂子にハナはだんだんと心を開き、2人の世界は交わり進展していく。
特命対策室の羽山と里穂子がバディを組みながら、執念の捜査の末にたどり着いた真実とは!25年前の鳥籠事件の育児放棄、虐待、誘拐と迷宮入り事件の真相も絡んで動き出すミステリの仕掛けが読者を引き込むのだ。
はじまりの潜入部分で、得体の知れない不穏さにぞわっと震える臨場感もぜひ味わってほしい。
このスリリングな警察小説には、人間ドラマがあり、愛がある。生きることへの強く熱い思いがあふれてくる。大胆な行動ながら、たおやかに人の心に寄り添う里穂子が無戸籍の社会問題に触れるストーリーはドキュメンタリーのように目を向けさせられる。そして誰かに届くかもしれない未来の芽となる。
著者の真摯な気概を感じる大作から投げかけられる声なき声が胸にささる。最後まで目が離せず、人を人として尊重することの大切さが描かれている。
辻堂ゆめ作品の豊かな深みのある世界は進化し続ける。『あの日の交換日記』では、7つの短篇ごとに驚きと優しさに包まれる連作ミステリを。『十の輪をくぐる』では、2つの東京五輪を貫く親子三代の大河小説を。次はどんなジャンルで魅せてくれるのだろうか?本作で今後の期待が大いに高まる。
最後に、例えどんな状況があったとしても、子どもを助けられるのは、大人の力。あきらめないで未来へ繋ぐ。その思いも込められた1冊を私は伝えていきたい。
あわせて読みたい本
『いなくなった私へ』
辻堂ゆめ
宝島社文庫
辻堂ゆめデビュー作。人気絶頂シンガー梨乃がある朝渋谷のゴミ捨て場で目を覚ますと、誰からも認識されず、自分が自殺したというニュースが流れる。その謎を調べていくミステリに、思わず時間を忘れて読んでしまう!
おすすめの小学館文庫
『さよなら、ムッシュ』
片岡 翔
小学館文庫
出版社で校正の仕事をしている星太朗と、20年前に作家の母が亡くなったその日、突然しゃべりだしたコアラのぬいぐるみムッシュは無二の親友だ。1冊の本の中に、星の瞬きのような儚く優しい世界が広がり胸を打つ。
(2021年10月29日)