週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.7 うさぎや矢板店 山田恵理子さん
『ミラーワールド』
椰月美智子
KADOKAWA
この世の男社会を、くるっと男女反転させてしまった小説が誕生した。なるほど、男女格差を正面から斬り込んでいくよりも、見えてくるものがクリアになる。
同じ中学校に通う子を持つ3つの家庭が舞台となる。3人の男性がお婿となり家に入り、主夫として妻と子どものためにかいがいしくも、女尊男卑社会の理不尽さに悶々としながら日々奮闘している。
ある日、中学生が夜道で襲われてしまうという衝撃的な始まりから、その先にある展開が予想できず、ミラーのからくりに驚いた。こういう伝え方があるとは、はっとさせられる逆転の発想。
男なんだから、女なんだから、男の子らしく、女の子らしく、思えば生まれてからずっと、歴史を見ても、私たちは言われ続けてきた。まるで空気のような呪縛にとらわれ、決めつけられてきた。
途中で〈従順〉という言葉が出てきた時、反射的に呑み込むことができなかった。子ども社会・大人社会・女社会・男社会、それぞれの立場からレジスタンスがふつふつと湧き上がる。本当の自分でいられる場所は?社会は微笑んでいるだろうか?
さらに中学生男子をめぐり、LGTBQもテーマに盛り込まれている。LGBTQの人はおよそ13人に1人いる統計があるそうだ。理解と配慮は世界的に当たり前となってきてフィンランドでは中学生から授業もある。誰もが不快な思いにならないよう自然なこととして、小学生から学べるとよいのではないか。
ジェンダーレス社会へと時代は変わろうとしている。個の意識が輝く種を蒔くアナザーワールドへようこそ。何か吹っ切れる熱量がボワンと胸に届くかもしれない。2021年全方位に向けておすすめしたくなる所以がそこにある。
作中では、教師をしている妻による新人男性教師へセクハラ・パワハラ・モラハラが発覚するシーンがある。そもそも逆セクハラの《逆》とは固定観念によるものだ。このストーリーの中でのセクハラは女から男へとなる。男社会に生きる男性をミラーワールドに放り込み、模擬体験してもらうツールにもなる。
女社会になった女性の視点も写し鏡のようで、気分爽快だけは終わらない。ミラーのどちら側からも気づきがある。
ミラーワールドには希望があった。絶望から解き放つ、革命的自由の小説よ新たな時代を駆け抜ける風になれ。21世紀のジャンヌ・ダルクに性別はないのだ。
あわせて読みたい本
『女が死ぬ』
松田青子
中公文庫
「女らしさ」が全部だるい人に、タイトルの言葉から鮮やかに矢が飛んでくる。読んだら寿命が伸びた気がする。人生快適に過ごそう。巻末の著者ひと言解説が愉しくて、再読ループへとはまる五十三の掌篇集。ビバ自由へ!
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小学館文庫
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(2021年9月3日)