作家を作った言葉〔第1回〕佐藤 究

作家を作った言葉〔第1回〕佐藤 究

 私の場合、純文学でデビューしたのち、まったく売れない時期が十年以上つづいた。その大半は売れないどころか、原稿依頼すらなかった。そういう状況で何ができるのかといえば、誰にも頼まれていない小説を書くしかない。生活費を稼ぎながら、できそこないの長編を書き、できそこないの短編を書く。プロとは名ばかりの自称作家だ。だが完全なアマチュアとはちがって、毎年の新人賞贈呈式の招待状が送られてきたりするので、なかなかに哀愁の漂う状況ではある。

 試行錯誤のなかで、自分には大きな何かが欠けているのを感じていた。私が読者だったら、自分の本を買うだろうか。たとえば少ない手取りから、そのお金を払ってまで読みたいと思うだろうか。

 鳴かず飛ばずの日々のうちに、コーマック・マッカーシーの『ブラッド・メリディアン』(現在は文庫化)を読み、大きな衝撃を受けた。著者は私よりはるかに歳上だが、それでも十九世紀の人物ではない。同時代にこんな凄い小説が存在しうることが信じられなかった。

 そして黒原敏行氏による〈訳者あとがき〉で紹介された著者の言葉が、さらなるショックを私にもたらした。以来、私の創作への姿勢はすっかり変わってしまった。その言葉は文庫の〈訳者あとがき〉にはなく、単行本の方の〈訳者あとがき〉だけで紹介されたエピソードのなかにあって、次のように書いてあった。


──コーマック・マッカーシーは、映画監督コーエン兄弟との対談で開口一番、創作に関してこう訊ねている。「君たちがやってみたいことで、とても実現できそうにないほどとんでもないことというと何かな?」

 
 私は常に、自分自身にこの問いを突きつけるようにしている。不可能を夢見て。

 


佐藤 究(さとう・きわむ)
1977年福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義の『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作に選ばれ、同作でデビュー。16年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。18年、『Ank: a mirroring ape』で 20回大藪春彦賞、第39回吉川英治文学新人賞を受賞。21年、『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞、第165回直木賞を受賞。

〈「STORY BOX」2022年1月号掲載〉

◎編集者コラム◎ 『森から来た少年』ハーラン・コーベン 訳/田口俊樹
◎編集者コラム◎ 『カルピスをつくった男 三島海雲』山川 徹