採れたて本!特別企画◇レビュー担当7人が自信をもって推す!2021年ベスト本

採れたて本!特別企画◇レビュー担当7人が自信をもって推す!2021年ベスト本

 未曾有のパンデミックで、自由に外出することがままならなかった2021年。人に会えず、家で過ごす時間が増える中で、あらためて本の魅力を実感した人は多いのではないだろうか。果てしない空想の世界へと誘ってくれる壮大な物語、弱った心や孤独に寄り添ってくれる優しい物語、怒涛の展開や謎解きに没入させてくれるスリリングな物語。本誌「STORY BOX」レビューコーナー「採れたて本!」を担当する新評者7人が、この一年に誕生した小説の中から「マイ・ベスト本」をセレクト。各ジャンルの目利きが自信をもってお薦めする、選りすぐりの7冊だ。


     S F     

小田雅久仁
『残月記』
  

残月記

双葉社

評者︱大森 望 

 自分が推薦文を寄せた本を選ぶのもどうかと思うが、2021年のベスト本となればこれしかない。小田雅久仁9年ぶりの新刊、『残月記』である。

 日本ファンタジーノベル大賞に輝くデビュー長編『増大派に告ぐ』が2009年、Twitter 文学賞を受賞した永遠の名作『本にだって雄と雌があります』が2012年の刊行で、単著は本書がようやく3冊目。その間ずっと沈黙していたわけではなく、中短編はいくつも発表していて、「11階」「食書」「髪禍」「よぎりの船」など傑作が目白押しだが、なぜか作品集にはまとまっていない。長い空白を挟んで出た本書は、しかし、9年分の不在を埋めてあまりある大傑作だ。

 本の中身は、月をめぐる中編3話の連作。もっとも、相互に物語上のつながりがあるわけではなく、それぞれ独立しており、作風も語り口もまったく違う。

 1話めの「そして月がふりかえる」は、(SF風に言えば)自分の世界と少しだけ違う並行世界に迷い込んだ男の話。ごく日常的な空間から始まって、居場所を失った主人公が、読者を不思議な世界へと導く案内人の役割を果たす。基本的な小説レベルの高さを見せつける作品だ。

 続く「月景石」は、月面のような風景が表面に浮かぶ奇妙な石をめぐる物語。石の蒐集が趣味だった叔母の形見だが、生前の彼女いわく、「この石を枕の下に入れて眠ると、月に行けるんだよ。でも、すうちゃんは絶対やっちゃ駄目だからね。ものすごく悪い夢を見るから……」

 その言葉通り、石に導かれた主人公は驚くべき世界を体験することになる。

 この2編もすばらしいが、ダントツに独創的なのは、全体の半分以上を占める表題作「残月記」。始まりは、〝月昂〟と呼ばれる感染症が広がる改変歴史世界の2048年。一党独裁の日本では、感染者全員を厳重に隔離して月昂を抑え込んでいる。月昂者は毎月満月の頃には超人的な体力を発揮するが、新月前後の昏冥期にはその3%が死亡する。主人公・宇野冬芽は、20代で月昂を発症するも、高校時代に剣道で全国3位に入った実力を買われ、上級党員たちの前で披露される剣闘技大会の闘士にスカウトされる。生きて30戦を終えれば、あとは安楽な余生が約束されているというのだが……。

 この荒唐無稽な設定から、信じられないほど切なく美しい愛と正義の物語が紡がれる。後半の意外すぎる展開には茫然とするしかない。本編は、迫真のディストピアSFであり、スリリングな剣闘活劇であり、胸を打つ恋愛文学であり、雄渾の歴史小説でもある。読者の胸の奥でいつまでも静かに輝きつづける小説だ。
 

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