今月のイチオシ本【ノンフィクション】

『ある若き死刑囚の生涯』
加賀乙彦
ちくまプリマー新書

 一九六八年一一月九日、二五歳の大工が横須賀線爆破事件の犯人として逮捕された。事件の動機は恋人への復讐であった。幼馴染の恋人、山田敏子が自分から逃げ夫の元へ戻ったという恨みを持ち、彼女が乗る可能性のある横須賀線に時限爆弾を仕掛け、死者一名、重軽傷者二八名という大事件を引き起こしたのだ。

 その後、この男は逮捕され取り調べの日々を送る。起訴された罪状は船車覆没致死、電汽車転覆、殺人、同未遂、傷害、爆発物取締罰則違反。求刑は死刑、判決も死刑。後に純多摩良樹というペンネームで歌人となり、歌集を編むほどに研鑽を積むが、一九七五年一二月五日に刑は執行された。

 生前、歌人としての活躍に瞠目していた加賀乙彦は彼のほうから純多摩へ手紙を出している。精神科医でもある加賀は「拘禁ノイローゼ」の症状を見て取り、東京拘置所で面会も行っている。純多摩の死後二十年経ってから『死に至る罪』(短歌新聞社)が出版された際にも加賀乙彦は尽力した。

 死刑執行から四三年経ち、八九歳の加賀乙彦は身辺の資料を読みふけっていた。そのなかに「純多摩良樹」と書かれた一塊りの書類を見つける。

 大学ノートに小さな文字で書きこまれた文章は几帳面な筆者の性格をよく表しており、心の揺らぎが読み取れた。獄中生活のなかで加賀乙彦に宛てた一五通の手紙にも、歌詠みとして歌集を出したいという願いや、キリスト教に帰依したい気持ちが書かれていた。

 これらの資料を元に、加賀は評伝を書いてみたくなった。若気の過ちというにはあまりにも愚かな罪を犯した青年が、拘置所の独房の中で悩み続け、揺れ動く気持ちを書き綴る日記は胸元が苦しくなるほど切ない。短歌とキリスト教を支えに、刑の執行直前まですがるように加賀乙彦へ手紙を書き続けている。

 死刑囚の気持ちを生で知る機会はそう多くない。罪を反省し死刑を受け止め、そのうえで生きた証を残したいと願う純多摩良樹という人間がいたことを多くの人に知ってほしいと思う。

(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2019年4月号掲載〉
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