今月のイチオシ本【ノンフィクション】
『ゼロエフ』
古川日出男
小説家古川日出男は福島のシイタケ生産農家に生まれた。三人兄弟の末っ子で、兄と姉がいる。十八歳で故郷を離れ家業は兄が継いだ。そして二〇一一年三月十一日、東日本大震災が彼の故郷を襲う。
冒頭は二〇一九年十二月に行われた母親の納骨風景だ。その直前、施設で寝たきりだった母の胃瘻をやめることを兄弟で決めたときに、躊躇っていた震災後の取材を兄に初めて申し出る。
第一部では古川家のシイタケ栽培の歴史が語られる。震災当時、福島のシイタケが福島第一原発の水素爆発によって「危険な食材」となった。古川家は菌床栽培、つまりハウスものだから本来なら放射能は関係ない。
だが、その菌床に使うオガ屑から放射性物質が出た。遠く離れた宮城県のオガ屑に、爆発の日、風によって放射性物質が注がれていたのだ。
第二部では、福島を縦断する国道4号線と6号線を踏破する日々が語られる。きっかけは東京オリンピック開催だ。二〇二〇年七月二十四日から八月九日の五輪期間中、福島県内を歩いて歓迎されているかどうか見てみようと思ったという。
だが新型コロナウイルスがオリンピックを延期に追い込んだ。それでも歩くと決め、トレーニングを積みNHKが番組制作のためほぼ全行程の撮影を行った。
私は偶然そのドキュメンタリーを見た。最初は古川さんだとわからず、しばらく眺めてこの番組の意味を知った。ガードレールもない道路の端を歩く彼の横を轟音のトラックが追い抜いていく。その佇まいはまるで修験者のようだった。
第三部は第二部で歩いた後に思索したことを確かめるため、再び同じ場所を歩き、さらに他県にまで足を延ばす。全行程三百六十キロ超を歩き、船に乗り、時に車で移動しながら、地震と津波と原発事故に見舞われた人たちの言葉を聞いて、小説家は〝国民を護るもの〟を考えていた。家の中に匿われるように国は民を護るべきだ。だから国家という。本当にそうなっているのだろうか。
小説家古川日出男が、この体験をどう昇華していくか。刮目して相待つべし。
(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2021年8月号掲載〉