今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『極上の罠をあなたに』
深木章子
角川書店

「簡単な雑用から重大な任務まで、なんでもお引き受けいたします」

 悪人たちのもとにふいに届く、「便利屋」からの簡素なダイレクトメール。連絡先は携帯の番号のみ。いったい差出人は何者なのか──?

 深木章子『極上の罠をあなたに』は、虎視眈々と何かを企み、悪知恵を働かせる者たちが登場する全四話からなる連作集である。しかしその味わいはいわゆるクライムノベルやノワール小説とは異なり、本格ミステリーファンも唸るような意外性や逆転劇が周到に仕掛けられた、ひと癖もふた癖もある内容になっている。

 本作でもっとも重要な役回りを務めるのが、正体不明の「便利屋」だ。年齢は三十前後、中肉中背、顔立ちと髪型も普通。見た目に特徴というものがなく、あえていうなら、無表情で「てまえが便利屋でございます」と古風な話し方をするのが唯一の特徴といえる慇懃無礼で謎めいたキャラクターだ。

 身代金五千万円を要求する、市議会議員の息子誘拐事件。不貞を働く社長夫人が、夫をはめようと目論む罠。自らの死を偽装しようとする男と、〈特別案件〉と称する裏の仕事を請け負う葬儀社。騙し合う狡猾な悪人たちは各々の計画遂行のために「便利屋」を利用するのだが、この「便利屋」が何を依頼され、どのような役割を演じ、悪人たちの思惑を知力だけで超えてみせるかが大きな驚きをもたらす見事な読みどころとなっている。

 さらに警察庁長官室から幕が上がる第四話「悪花繚乱」では、まったく予想していなかった世界観の拡がりと展開が用意され、どうやら「便利屋」の活躍と著者の狙いは、この一冊だけでは収まり切っていない印象も受ける。「便利屋」にダークヒーローのような魅力を感じ、さらなる活躍を期待する向きも、きっと少なくないはずだ。

 二〇一〇年、デビュー作『鬼畜の家』で島田荘司選 第三回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞して以降、仕掛けを凝らした、質の高い、多彩なミステリーを上梓してきた著者によるこの〝極上の罠〟に、はまらない手はない。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2019年11月号掲載〉
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