今月のイチオシ本【ミステリー小説】

『六人の嘘つきな大学生』
浅倉秋成

六人の嘘つきな大学生

KADOKAWA

 たとえばリーガル・サスペンスでは、ひとを裁くことの難しさが繰り返し採り上げられ、このジャンルにおける永遠のテーマのひとつになっている。つまり人間とは、容易に割り切れない存在である「ひと」をはかることに決して長けてはいない証左といえよう。けれど社会で生きていく限り、ひとはひとからはかられ、評価づけされることからは逃れられない。

 浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』は、学生にとって一大イベントである就職活動を題材に、ひとがはかりはかられることの是非を描いた長編ミステリだ。

 急成長する新興IT企業の新卒採用に臨んだ波多野祥吾は、選考を勝ち抜き、最後の六名に残る。人事部長が告げた最終選考の内容は、一カ月後までにこの六人でチームを作り上げ、実際の案件と似た課題を議論してもらうというものだった。上手くいけば六人全員の内定もあり、波多野たちは親睦を深めながら準備を進めていく。だが、いよいよチームディスカッションが迫ったある日、突如として課題の変更と、六人のなかからひとりの内定者を決めることが通達される。

 そして当日、ひとつの椅子をめぐり六人は議論を始めるが、そのさなか、各人の名前が書かれた六通の封筒が見つかる。開けてみると、なかには過去の罪を告発する紙が……。

 若者たちが疑心を募らせながら内定を懸けた熾烈な舌戦を繰り広げるゲーム的な展開や、お互いを傷つけながらの犯人探しといった予想は、あっさり裏切られる。細やかな伏線が縦横に張りめぐらされるなか、著者の掌で転がされる悦びは格別。犯人の動機には大きく頷かされる説得力があり、つぎつぎと絵柄が変わっていく終盤の鮮やかな手際とラストシーンも見事というしかない。ミステリファンはもちろん、誰かと比べられることに不安を覚えているひとや、つい他人を厳しく見てしまいがちなひとに、本作を強くオススメしたい。

『教室が、ひとりになるまで』(二〇一九年)で本格ミステリ大賞と日本推理作家協会賞にWノミネートを果たした俊英が、さらに大きな飛躍を遂げてみせた。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2021年5月号掲載〉

長崎尚志『キャラクター』
中藤 玲『安いニッポン 「価格」が示す停滞』/デフレを続け、発展途上国に転落した日本のこれからを考える