映像クリエーターの制作ノート 「勝手にふるえてろ」 大九明子さん
まず、タイトルにひと目惚れでした。綿矢りささんの小説『勝手にふるえてろ』をプロデューサーから渡され、ページを開く前から若い女の子が「大変だ、大変だ」と暴れ倒しているイメージが湧いてきたんです。私自身が20代の頃はお笑い芸人を目指していたこともあり、他人事じゃない作品だなと直感しました。
実際に読んでみると、ヨシカという社会人になりたてのOLが理想と現実の狭間でジタバタする姿が、綿矢さんならではの天才的な言語感覚で綴られている世界でした。仕事であることを忘れ、夢中になって読んでしまうほどハマった小説でしたが、ヨシカの一人称で進んでいく物語を映像化することは簡単ではありません。実は、脚本にする際に大きな手掛かりとなったのは、主演女優・松岡茉優という存在でした。
松岡茉優とは、短編映画やTUBEのプロモーションビデオなどで撮影現場を一緒に過ごしていました。現場での彼女はメイクさんを相手におしゃべりを始め、共演者が現われるとその話の続きをその共演者にするわけです。思わず、「話し相手は誰でもいいんかい!?」とツッコみたくなるのですが、そんな彼女の誰にでも話し掛けてしまう習性を、劇中のヨシカにも投影させています。原作では登場人物が少ないのですが、ヨシカの話し相手として、コンビニの店員、駅員、カフェのウエイトレス……と多彩な人々を登場させています。
渡辺大知くんが演じた現実の恋人・ニも、かなりの・あてがき・の産物です。原作のニはかなりマッチョな体育会系出身の営業マンですが、クランクイン前に渡辺くんといろいろ話したところ、学生時代から今もずっと卓球をやっていることが分かったので、ニがヨシカを誘って卓球をする場面を用意しました。自分のかっこいい姿を見せつけるのではなく、ヨシカも一緒に楽しめる体験をさせてくれる魅力的な男性にしています。このときの2人がラリーする「カッコン、カッコン」というピンポンが気持ちよく響く音は、録音技師の小宮さんにお願いして、クライマックスでも効果的に使うことができました。映画をご覧になった人からは「ヨシカに共感する」「ヨシカがかわいい」という声をいただいています。
原作者の綿矢さんもとてもかわいらしい方です。原作と映画ではヨシカが「勝手にふるえてろ」と呟く相手を変えています。多くの原作者は思い入れのある箇所を削られたり改変されることで、映画化にストレスを感じるそうです。しかし試写をご覧になった綿矢さんは「私の作品は映画になって、見どころが増えました」とニコニコ顔を見せてくれました。ますます綿矢さんのことが好きになりましたね(笑)。
くすぶっていた経験が糧
20代の頃は「人力舎」というプロダクションでピン芸人をやっていたんです。笑いのために筋トレをガムシャラにやったりしていたんですが、ネタを量産することができず、お笑いの道は諦めました。それからは、大好きなお笑いに触れることは自分の中でずっと封印してきました。しばらくは女優業をやっていたのですが、あまり身が入らず、27歳のときに映画美学校が生徒を募集しているのを見つけ、イチから映画の勉強を始めました。自分は表に出ることよりも、表現することを求めていると気づいたんです。
映画監督となって、自分の作品をつくることができるようになり、ようやくお笑いのライブやお笑い番組を見ることを解禁しました。オードリー、三四郎、ハライチ、爆笑問題、有吉弘行さんの深夜ラジオは毎週欠かさず聴いています。お笑い芸人の方たちの才能に触れることは、私にとっての喜びであり、いろんな面で刺激を受けていると思います。遠ざかっていたお笑いの世界ですが、今回『勝手にふるえてろ』をコメディタッチの映画に昇華させたことで、20代の頃の悶々とくすぶっていた体験も決して無駄ではなかったなと前向きに考えられるようになりました。
(構成/長野辰次)