【池上彰と学ぶ日本の総理SELECT】総理のプロフィール

池上彰が、歴代の総理大臣について詳しく紹介する連載の25回目。海軍出身の朝鮮総督、10年におよぶ文治政治を行った「斎藤実」について、詳しく解説します。

第25回

第30代内閣総理大臣
斎藤実さいとうまこと
1858年（安政5）10月27日～1936年（昭和11）2月26日

齋藤　実　写真／国立国会図書館ホームページ

Data　斎藤実

生没年 　1858年（安政5）10月27日～1936年（昭和11）2月26日
総理任期 　1932年（昭和7）5月26日～34年（昭和9）7月8日
通算日数 　774日
出生地 　岩手県奥州おうしゅう市水沢みずさか区字吉小路きちこうじ（旧胆沢いさわ郡水沢）
出身校 　海軍兵学校
歴任大臣 海軍大臣など
ニックネーム スローモー内閣、午前様ごぜんさま
墓　　所 　奥州市水沢区の小山崎こやまさき墓地、東京都府中市の多磨たま霊園

斎藤実はどんな政治家か

1.2度の朝鮮総督そうとく

全9代の朝鮮総督のうち、海軍出身者は斎藤実だけです。1919年（大正8）の三・一独立運動を受けて、当時の原敬はらたかし総理は朝鮮統治とうちの方針を変更。陸軍出身の総督に代えて、斎藤を起用します。
斎藤は赴任早々、爆弾を投げつけられますが、平静さをたもち、報復ほうふく行動もとりませんでした。朝鮮統治では、言論の自由や朝鮮文化の尊重、憲兵けんぺい警察の廃止など、文治ぶんち政治（文化政治）を行ないます。再任され、計10年間の総督は最長の在任期間となりました。

2.挙国一致内閣きょこくいっちないかく

現職の犬養毅いぬかいつよし総理が官邸で暗殺された五・一五事件は、国家の危機的事態でした。そのあと必要とされたのが、挙国一致内閣です。元老げんろうの西園寺公望さいおんじきんもちは軍部と政党、官僚が協力して難局を乗り切ることを期待し、軍部との調整がこなせ、穏健おんけん派とみられていた海軍大将の斎藤を総理に推おしました。
立憲政友会りっけんせいゆうかいの高橋是清たかはしこれきよと立憲民政党みんせいとうの山本達雄やまもとたつおを閣内に取り込むものの、政党人は前内閣の12人から５人に減り、政党政治は後退しました。

3.自力更生じりきこうせい

斎藤総理誕生の頃、昭和恐慌きょうこうの傷は癒いえておらず、とりわけ農村の荒廃こうはいはひどいものでした。農村救済策が求められ、時局匡救じきょくきょうきゅう議会を召集。匡救とは、悪を正し、危難から救うという意味です。齋藤内閣は、土木公共事業や農家の負債整理に重点を置いた予算を編成します。
いっぽうで重視されたのが、国民みずからの創意工夫そういくふうで事態を乗り切るという、「自力更生」のスローガンです。この自力更生は、一大国民運動として、全国で展開されていきます。

斎藤実の名言

忍耐にんたいは人の宝たからなり。

――総理就任直後に記した決意の冒頭部分

斎藤実筆「自力更生じりきこうせい」
斎藤實記念館蔵
斎藤総理は不況が続くなか、国民それぞれが自分の力を発揮して難局を打開するよう、「自力更生」運動を提唱した。

斎藤実の人間力

♦ 春風駘蕩しゅんぷうたいとうのかまえ――斎藤 実

　海軍大将の山梨勝之進やまなしかつのしんによる人物評では、「山本権兵衛やまもとごんべえは灼熱しゃくねつの太陽。加藤友三郎かとうともさぶろうは一点の狂いもない明鏡めいきょう。斎藤実は美しいサロンで香かおり高いウイスキーを飲み、静かに語る思い」と例たとえられた。
　加藤は結論めがけて直進するが、春風駘蕩（動どうじずにゆったりかまえる）の斎藤は急がず、策を講じた後は結論がまとまってくるのを待った。朝鮮総督そうとく時代の文治ぶんち政治も、それで高い評価を得た。

♦元老が期待した中庸ちゅうよう政治――斎藤 実

　「（略）優越ゆうえつ観念は深く自己の胸底に収め、他に対しては平凡へいぼん中庸を以もってし、自然に他をして、敬服せしむるを要す」。斎藤が1932年（昭和7）5月、内閣総理大臣に就任した際に、総理としての心構こころがまえを揮毫きごうしたもので、みずからに言い聞かせるような内容だ。
　斎藤の理想とした、現状維持の中庸政治は、斎藤を総理に選んだ西園寺公望さいおんじきんもちら元老・重臣じゅうしんの期待するところでもあった。しかしながら、怒涛どとうのような「非常時」の時代風潮に押し流されてしまう。

（「池上彰と学ぶ日本の総理25」より）

初出：P+D MAGAZINE（2017/12/29）