思い出の味 ◈ 原田ひ香
昨年末に、『ランチ酒』という作品を上梓させていただいた。十六軒の実在のお店を舞台に、若い女性がランチとお酒を楽しむというコンセプトの小説で、連載期間は昨年一月から八ヶ月、その半年ほど前からいろいろな店を食べ歩いた。
自分の"舌"にはまったく自信はないが、それなりに吟味したつもりだ。もともと有名店だったり、話題の店だったりしたところも多いから、そう冒険したわけでもない。
しかし、刊行してからわずか半年、すでに閉店という店が出たのである!
その店は、たった五百円で出す唐揚げ丼に十五個までなら唐揚げを無料で増量でき、二百円出せばハイボールも飲めるという超お得店だった。訪れた日も、十二時前から満員。唐揚げはさくっと揚がって、中の鶏肉はジューシーだった。私は百円プラスして甘酢だれとタルタルソースがかかった、チキン南蛮味にしてもらった。酒に合い、タレの味も良かった。ハイボールはちょっと薄かったけど。
なんで潰れちゃったのか……うーん。
世界一の美食の街と呼ばれて久しい東京でも、飲食店を運営するのはむずかしいことなのかもしれない。
確かに、取材に行った当時のことを思い出すと、あまりにも安く、これでやっていけるのだろうか、とちらりと頭をよぎったのも事実なのだ。あれでは、外国産の鶏肉を使ってもわずかな儲けしかなさそうだった。店の人は親切で、昼間っからハイボールを注文した私に「あの、ハイボールは百八十円なんですけど、消費税がつくと百九十四円になっちゃうんです」とわざわざ断りに来てくれた(まあ、昼酒なんてしている中年女は十四円にもキレるクレーマーになりそうだと判断されたのかもしれない)。あの店は味が悪いとか、サービスが悪いとかでなくて、経営上の不備があったのだろう、と自分に言い聞かせている。
どれも実際にある店舗です! と、インタビューに答えてきたのに嘘になってしまった。今気がついたのだが、自分が知らなかっただけで、もしかしたら出版時にはすでに閉店していた可能性もあり。たった半年で「思い出」になってしまった唐揚げ。ちょっと苦いです。
(「STORY BOX」2018年5月号掲載)