◎編集者コラム◎ 『1795』ニクラス・ナット・オ・ダーグ 訳/ヘレンハルメ美穂
◎編集者コラム◎
『1795』ニクラス・ナット・オ・ダーグ 訳/ヘレンハルメ美穂
心地よい疲労感と別れの寂しさ。
歴史ミステリー三部作の完結篇『1795』の編集を終えたときの心境を表すのに、これほどぴったりの言葉はありません。
シリーズ第1弾『1793』(単行本版)の編集を本格的にはじめたのが2019年の冬の終わり。その年の6月に刊行し、それから3年をおいて今年7月に『1793』を文庫化、続いて第2弾『1794』と第3弾『1795』をこの9、10月に連続刊行しました。本作の愛すべき登場人物たち――喧嘩にめっぽう強い隻腕の引っ立て屋ミッケル・カルデル、労咳を患った切れ者の法律家セーシル・ヴィンゲと酒に溺れた落ちこぼれ学生の弟エーミル、そして無実の罪で捉えられた美しい娘アンナ・スティーナ――とも足かけ3年半のつきあいとなり、気づけば彼らには単なるキャラクターを超えた友情のような思いを抱くようになっていました。社会全体が疲弊と不安に覆われ、誰もが悪を肯定しなければ生きていかれない18世紀末のストックホルムで、自らの正義に従って七転八倒しながら生きる彼らの姿に編集中の私もどれほど勇気づけられたことか。なんとしてでも彼らには幸せになってほしい。編集中もずっとそんな気持ちでいました。翻訳のヘレンハルメ美穂さんも思いは同じで、校了が近づくにつれ、彼らや物語世界との別れの寂しさを互いに共有しながらの作業になりました。巻末に収録した「訳者あとがき」にはそんな万感の思いが綴られています。最後の読者の皆さまへのメッセージまで、ぜひお読みください。
訳者あとがきと言えば、同じく巻末の著者ニクラス・ナット・オ・ダーグさんによる謝辞!主人公たちを「空想上の友だち」と表現し、彼らに最大限の感謝を贈るひと言にはぐっと来ました。本編をお楽しみ頂いた方は、ぜひこちらも読んで頂けると嬉しいです。
「おとしまえをつけろ」という、この上なく鋭く印象的な言葉で本作の魅力を伝えてくださった小説家・阿津川辰海さんの解説も必読です。文中に〈この大いなる「物語」に身を浸す〉という表現がありますが、まさにそれこそがこの三部作を通して読むことの醍醐味、と強く感じています。
忘れてはいけないのは、単行本『1793』に続き文庫3冊を手がけてくださった水戸部功さんのデザイン。この三部作を依頼する時に、「3冊並べて置くことを念頭においてデザインしてほしい」とお願いし、毎回デザインが届くたびに「こう来たか」と膝を打ちつつ「早く3冊並べたい!」とウズウズしていました。3冊ご購入くださった方には、ぜひ並べて眺めてみて頂きたいです。きっとそこから、あの激動の3年間を感じていただけるのではないかと思います。
最後に、「今の自分の当たり前」が本当は「当たり前」なんかでは無いことに改めて気づかせてくれたこと、人間は少しずつ進化しながらも同じあやまちをくり返す生き物だと教えてくれたこと、そしてなんと言っても物語に浸る喜びを再確認させてくれたこの三部作に、心からのお礼を言いたいと思います。皆さまにもぜひこの三部作をお読み頂き、物語にどっぷりと身を浸した後の心地よい疲労感や別れの寂しさを共有して頂けたら幸いです。
──『1795』担当者より
『1795』
ニクラス・ナット・オ・ダーグ 訳/ヘレンハルメ美穂