翻訳者は語る ヘレンハルメ美穂さん
二〇〇五年にスウェーデンで発表されるや、世界的な北欧ミステリーブームを巻き起こした「ミレニアム」シリーズ。著者S・ラーソンは三部作の執筆後に急逝しましたが、一五年には新たな著者を迎え第四部が発表され、最新作『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』も昨年十二月に日本で刊行。第一部から翻訳を手がけ、その他にも「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズ(創元推理文庫)など訳書を多数持つ、スウェーデン在住のヘレンハルメ美穂さんにお話を伺いました。
〈「ミレニアム」シリーズの魅力〉
〇六年、スウェーデンに引っ越した当時、第一部がどこの書店にも並んでいて、すぐに興味を惹かれました。翌年、第三部が出たときに三部作を一気に読みました。それまでに読んだスウェーデンの小説は良く言えばリアリズムに徹した、悪く言えばやや地味な作品が多かったので、本作の強烈なキャラクター造形や物語のスケールの大きさは、誇張でなくキラキラ輝いているようでした。単調でないことも大きな魅力で、三部作のそれぞれに違う味があり、それでいて話がきちんとつながっているのが素晴らしいです。
第一部の原題は『女を憎む男たち』。このタイトルが全体を貫くテーマになっていて、女性蔑視や女性への暴力がしっかり描かれています。昨秋、ソーシャルメディアでの#MeTooムーブメントが世界に広がりましたが、そこで告発されたような性犯罪、女性が日常的に経験しているセクハラ、理不尽な見下し、暴力などが、三部作ではつぶさに語られます。そして、女性たちがそれに屈することなくむしろ力関係をひっくり返していく爽快さ。世界的にヒットした理由のひとつは、このテーマの普遍性だと思います。
社会問題を描く北欧ミステリー
〈最新作について〉
第四部『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』から著者が変わりましたが、第五部は少し雰囲気が違っていると感じました。著者ラーゲルクランツ氏本人によれば、第四部を書いたときよりも自分らしさを前面に出す勇気が出たとのことです。
今回は、軸となる物語ふたつが並行して進んでいきます。片方の内容はあまり明かせませんが、登場人物たちの心理に注目して、彼らにどっぷり感情移入して読むと楽しめると思います。もう片方は、現代のスウェーデン、いや、世界全体にある大きな問題のひとつ、イスラム過激派を扱った物語です。こちらは、ぜひ他人事と思わずに読んでいただきたいです。
〈「セバスチャン」シリーズのこと〉
事件の捜査と並行して、主要人物たちの関係や心の動き、私生活の変化が詳しく語られるので、彼らの変化を追うのも醍醐味のひとつ。ぜひ第一弾から順番に読んでいただきたいです。第四弾『少女』では、主人公セバスチャンの新たな面が見えてきます。セバスチャンは〇四年のスマトラ島沖地震に伴う津波で妻子を失い、そのトラウマから他人との間に壁を築いていますが、その彼が再び他人に心を寄せたらどうなるかがひとつのテーマになっています。
〈日本人と北欧ミステリー〉
日本で紹介されている北欧ミステリー作品の多くは、社会性やリアリズムを柱にしています。ミステリーを単なる娯楽作品ではなく、世界観を改めさせ、人間や社会を深く考えさせてくれるものとして求める日本の読者には、満足のいく作品がたくさんあるのだと思います。
〈海外文学との出会い〉
『チョコレート工場の秘密』や『エーミールと探偵たち』が好きでした。寝食も忘れて読みふけった最初の海外文学は、『アンネの日記』です。アンネと同年代の頃に読んだので共感できることばかりで、ナチス占領下での隠れ家生活とバブル期の日本というかけ離れた世界なのに、他人事とはとても思えませんでした。
〈北欧文学とスウェーデン語〉
フランスの大学院で仏文学を勉強していたときにスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの友人がたくさん出来たのが、北欧に興味を持ったきっかけ。H・マンケルなどのスウェーデン・ミステリーも、この頃友人たちに教えられて読みました。
スウェーデン語は性別・階級・年齢などによって表現が変わらないフラットな言語。男言葉や女言葉、敬語表現などはほとんどないので、日本語にするときには特に台詞などで不自然にならないよう気を遣います。登場人物の印象を変えないような訳文を考えるのが難しいところであり、工夫しがいのある楽しいところかもしれません。
(構成/皆川裕子)
(「STORY BOX」2018年2月号掲載)