◎編集者コラム◎ 『1794』ニクラス・ナット・オ・ダーグ 訳/ヘレンハルメ美穂
◎編集者コラム◎
『1794』ニクラス・ナット・オ・ダーグ 訳/ヘレンハルメ美穂
フランス革命期のスウェーデンと聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
名作『ベルサイユのばら』のフェルゼンでしょうか。宝塚ファンの方なら、フェルゼンのボスの〝ロココの文化王〟ことグスタフ三世をイメージされるかもしれませんね。
そんな時代を描きながらも、美しく華麗なこれらの世界とは正反対の、街も人々もひたすら暗くて汚い当時のストックホルムをこれでもかとリアルに描き、本国スウェーデンやヨーロッパ各国で大ヒットした歴史ミステリー小説『1793』。タイトルの通り1793年に起きた殺人事件の謎を、重い結核に冒された頭脳明晰な法律家ヴィンゲと、戦場帰りの荒くれ者カルデルがバディとなって解明していく物語は、北欧ミステリーの新たな可能性を示した作品として、3年前の邦訳刊行以来、日本の読者からも大きな反響を頂いています。
さあ、お待たせしました。この「北欧歴史ミステリー三部作」の第2弾『1794』がいよいよ日本上陸です。
舞台は前作と同じく書名の年、1794年のストックホルム。その春夏秋冬をシャッフルさせた四部構成で、うち二部は主人公二人の視点、一部は果物売りの娘、残りの一部はある若者の視点で描かれる、というところも共通しています。さらに、フランス革命の余波、長引いた対ロ戦争による国家の疲弊、国王グスタフ三世の暗殺、加えて疫病の流行や大火災など、歴史上実際にあった事件とその影響もまた、前作同様に描かれます。
そんななかで起きた、ある若い夫婦の婚礼の夜の事件。被害者の遺族から相談を受けたカルデルは、亡き相棒の弟エーミルと力を合わせて捜査をはじめます。
冒頭からラストまでただならぬ緊迫感で読む者を牽引するミステリーとしての面白さ、そして読者を力ずくで当時のストックホルムに引きずり込むようなリアル過ぎる描写。「確かにこれはベストセラーになるはずだわ……」と、改めて深く納得されられた今作ですが、実は第2弾の編集に携わり痛感させられたことがあります。
なんと言っても約230年前の話。法律も人権感覚も今のそれとはかなり違い、無実の人間、特に無実の女性が紡績所(事実上の刑務所)送りになるのが日常で、第1弾を読んだ時にはその理不尽さに驚愕させられ、自分はなんと恵まれた時代にいるのかと思いました。さらに都市設計の未熟さ、特に下水の有無が人間の健康や生死をどれだけ左右するか、ということに気づかされたのが、『1793』を編集していた2019年。読後に、「21世紀に生きていて良かった」なんてしみじみしたものでした。
ところが、それから3年間を経て第2弾を編集しながら強烈に感じたのは、「今も230年前と同じことがくり返されているのでは……?」ということでした。戦争、暗殺、人権蹂躙、人種差別や女性差別。どれも、この数年にニュースになったことばかり。さらに第3弾では、疫病による人間同士の分断も描写されます。改めて、3年前の自分の思慮の浅さを反省させられ、人間の進化って一体何だろうと深く考えさせられてしまいました。
そんな重く暗い作品ですが、だからこそ、ほんの一筋の光のようなものがより一層美しく感じられる作品でもあります。時代に抗って己の正義を貫こうとする主人公たちは別格として、『1794』の私の推しキャラは、第三部にほんのちょっとだけ登場するお産婆さんです。あまりの神々しさに泣けました。そんなキャラクターの魅力もご堪能ください。そして、来月にはいよいよ完結篇『1795』が刊行します。ぜひ、18世紀末のスウェーデンを主人公たちと一緒に生きて、彼らの人生を見届けて頂ければ幸いです。
──『1794』担当者より
『1794』
ニクラス・ナット・オ・ダーグ 訳/ヘレンハルメ美穂