ニクラス・ナット・オ・ダーグ 著、ヘレンハルメ美穂 訳『1793』

 革命の機運が高まる18世紀末のストックホルムを舞台に、戦場帰りの荒くれ者と、結核患者のインテリ法律家という正反対な二人の男が捜査する殺人事件を描く、大型北欧歴史ミステリー『1793』(ニクラス・ナット・オ・ダーグ 著、ヘレンハルメ美穂 訳)。
スウェーデン在住の翻訳家ヘレンハルメ美穂さんが刊行を記念し、本作に登場するストックホルムの名所の数々を写真と文章で案内してくれました。本作と合わせてお楽しみください!


有名な殺人事件が起きた「スリリングな時代」

 ニクラス・ナット・オ・ダーグ『1793』は題名のとおり、1793年のストックホルムを舞台にした小説です。歴史ミステリは、スウェーデンでは比較的めずらしい存在ですが、じつはこの18世紀末というのは、けっこう小説や映画、テレビドラマの題材となっている時代でもあります。というのも、これはスウェーデン史に残る有名な殺人事件が起きた、なかなかスリリングな時代なのです。そう、国王グスタフ3世の暗殺事件です。

『1793』の重要な背景のひとつでもあるこの事件は、本に記されているとおり、またあとがきにも書いたとおり、絶対王政を敷いた国王に対して貴族階層が不満をつのらせた結果でした。1792年3月16日、グスタフ3世は王立歌劇場の仮面舞踏会で銃撃され、その13日後に息を引き取りました。ヴェルディのオペラ『仮面舞踏会』は、この事件を題材にしています(もっとも、事件の原因などについて、かなりアレンジが加えられていますが)。聞くところによると宝塚でもグスタフ3世を題材にした演目があったそうですね? どんな内容か気になります……

 この暗殺事件の捜査の指揮を執ったのが、グスタフ3世の腹心であり、本書にも名前が登場する、リリエンスパレ警視総監でした。が、彼は国王亡きあとの権力争いに敗れ、スウェーデン領ポンメルン(ポメラニアとも。現在の北ドイツ・シュトラールズンやリューゲン島あたり)に左遷されます。こうして1793年のはじめ、新たにノルリーン警視総監が就任。『1793』はこの年の物語です。

 ちなみにグスタフ3世亡きあとは、息子のグスタフ4世アドルフが国王となりましたが、未成年のため、グスタフ3世の弟にあたるカール公爵が摂政の座に就いたことは、『1793』にも書かれているとおりです。その後、グスタフ4世アドルフは1809年に失政の責任を問われ、クーデターにより王位を剥奪されスウェーデンから追放されるという運命をたどります。で、結局、カール公爵が国王カール13世となるのです。

ストックホルム大聖堂

 この時代に起き、スウェーデンだけでなく欧州全体を揺るがした、もうひとつの大事件は、もちろんフランス革命です。1793年は、1月にルイ16世がギロチンで斬首刑にされるという形で幕を開けた年でもありました。

 フランス革命とスウェーデンといえば『ベルサイユのばら』のフェルゼン氏ですが(?)、彼のモデルとなったハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯爵は、グスタフ3世の寵臣で、革命の波及を恐れた国王の命を受けて、革命の阻止のためフランスで動いていた人物です。フランス国王一家の救出に失敗したのちはスウェーデンに戻り、グスタフ4世アドルフに仕えるものの、最終的にはある嫌疑をかけられて民衆に惨殺されるという最期を迎えています。『1793』に彼は登場しませんが、この時代の空気が伝わってくる生涯だと思います。

証券取引所だった建物

ヘレンハルメ美穂(Miho Hellén-Halme)

国際基督教大学卒、パリ第三大学修士課程修了、スウェーデン語翻訳家。S・ラーソン『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』、M・ヨート&H・ローセンフェルト『犯罪心理捜査官セバスチャン』、A・ルースルンド&S・トゥンベリ『熊と踊れ』など、訳書多数。

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