アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで①

アンソロジー『絶縁』ができるまで

 はじめまして、『絶縁』という謎のアンソロジーを担当した編集者です。アジア9都市9名が参加するアンソロジー、そして日韓同時刊行!――と銘打つ本書をこれから紹介します。と、いきなりそう煽っても、「なんじゃそれ」感がただよいますよね。大前提として、日本に入ってくる翻訳書は、現地で出版されたものの翻訳がほとんどであり、本書のように書き下ろしで依頼し、それを日本の出版社が翻訳してまとめるという試みはほとんどありません。

 では、なぜこんな謎なアンソロジーが誕生したのか。その成り立ちを複数回に分けてご紹介したいと思います。

 発端は、2020年10月初旬でした。神保町にはクオンという韓国語書籍の翻訳・出版やエージェント業務を専門とする出版社があります。韓国小説は翻訳書のなかでも一つの人気ジャンルとなりつつありますが、今から10数年前の黎明期から韓国人作家を紹介し続けた、いわば「K文学の仕掛け人」が同社の金承福(キム・スンボク)社長です。
(金社長はエネルギッシュかつチャーミング、かつ商売人。韓国出版界の話をしているうち気付いたら韓国人作家の版権を買うことになっていたなんてことも複数回ありました……)

 神保町をなんとはなしに歩いていたある日、道端で金社長と偶然出会いました。アンニョンハセヨ、久しぶりですね、みたいな感じで自然と足は喫茶店に向かいます。「最近の出版界は縮小傾向にあって暗いニュースが多いですよね」「わたし小説の部署にうつったんですが、なにをしようかなぁ」といったとりとめのない話題を金社長に話していた記憶があります。

 基本は私の愚痴だった気がします。でも、金社長と話していると不思議と後ろ向きではなく前を向きたくなる。というか気づいたら、何か面白いことをやりましょう、という流れになっていて、このとき私は「韓国と日本の作家が集って日韓共作のようなことができないですかね」、と金社長に告げていました。

 もとより頭にあったのは、人気作家チョン・セランさんの存在でした。ネットフリックスでドラマ化された『保健室のアン・ウニョン先生』をはじめ、今や世界的に活躍する韓国人作家です。まだまだ日本では無名だった時代に彼女の初期の代表作『アンダー、サンダー、テンダー』を翻訳出版したのが金社長です。

 セランさんと金社長の個人的な交流は知っていたので、金社長経由でセランさんに企画を申し込もう、日本人作家と韓国人作家で『冷静と情熱のあいだ』を作れないかな、と思ったのです。

 今から思えば、とても安易な企画でしたが、しかし私の浅はかな提案を金社長は面白がってくださり、そこは即断即決のひと、すぐにセランさんにメールをうってくれました。「彼女(セランさん)は律儀だからすぐに返事くれますよ」と金社長は言ってましたが、そのときは本当に企画がスタートするとは思ってはいませんでした。

 数週間後、すぐにご本人からお返事がきました。その内容が想定外というか、びびってしまったというか……。
(続きは次回に)

担当者かしわばら
※この本は二人で編集しました。そのうちもう一人も出てくると思います。

『絶縁』ができるまで②


\12月16日発売/

絶縁

『絶縁』
村田沙耶香、アルフィアン・サアット、郝景芳、ウィワット・ルートウィワットウォンサー、韓麗珠、ラシャムジャ、グエン・ゴック・トゥ、連明偉、チョン・セラン


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