アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで②

アンソロジー『絶縁』ができるまで

 日本人作家と韓国人作家の共作企画はできまいか。そんなゆる〜い提案に対して、チョン・セランさんからの返信メールは、驚くべきものでした。

 まずは冒頭、セランさんが構想中の原稿を多く抱えていること、そして日本側の作家も同じく多忙であるだろうということが丁寧に説明されていました。やはり断られるのかな。続きに目をやると、「むしろ──」といったような言葉とともにこう続いていました。

「韓中日+東南アジアの作家7〜9人が同じタイトルのもと、それぞれが短編小説を書くようなアンソロジーを出してみたいです。今、思い浮かんでいるタイトルは『絶縁』です 」

 えっ、めっちゃ(なぜか関西弁!)、やる気になっておられる。アジア? 7〜9人? まさかのスケールがより大きくなっての〝逆提案〟です。

「いいですね、実現させたいです」。一瞬、自分が国際的なエディター(なぜかカタカナ!)になったかのような錯覚をしてしまい、調子よく返事しました。しかし高揚感は1日経ち、2日経ち、そして1週間たつと、霧消していました。自分は、おそらく恐ろしいことに手を出そうとしている……。

 国も言葉もそれぞれ違う作家たちに書き下ろし原稿を依頼するなんてことができるのか。作家はどうやって探せばいいのか。誰が翻訳するのか。どうやって契約を交わせばいいのか。私は正直、日本語しか読めません。英語も苦手です。

 なんといってもテーマは絶縁! 企画の趣旨だけでいえば、「つながり」や「連帯」のような言葉のほうがすわりは良さそうなのに、やたら尖っています。

 セランさんは、「絶縁」をテーマに選んだ理由として、メールに「私たちの世代はいろいろと〝分節〟を経験していると思うから」と書いていました。セランさんは84年生まれですから、韓国の軍事政権の終焉に民主化、激しい保革イデオロギーの対立、そして IMF 危機以降の諸改革に伴う格差問題などをリアルタイムで経験してきた世代です。

 また、韓国はいまや日本でもジャンルが確立した感のあるフェミニズム小説の発信地でもあります。新世代の書き手が、ジェンダー問題を扱う多彩な作品を送りだしてきています。

「分節」や「分断」というテーマに対して、セランさんがどんなアプローチをとるか非常に楽しみです。それは読者の立場からしたらですが……。

「絶縁」なるテーマに、アジアの作家がどう反応するか、皆目わかりません。文学が当局の監視下にあるエリアも当然あります。おのずと表現は慎重にならざるをえない。いや、そもそも日本で「絶縁」というテーマに取り組んでいただける作家はいるだろうか。日本で刊行するからには、セランさんと共に企画の柱となる方にご依頼したいのは当然です。

 実はすぐに思いつく作家がいました。小学館とはお付き合いのある作家ではないけれど、もしかしたらあの方なら、手を挙げてくれるかもしれない。会ったこともないので一方的な印象です。幸いにして、その作家と交流のある女性編集者がいて(のちにこの本を彼女と二人で編集することになります)、連絡をしてもらうと、セランさん同様すぐに返事がきました。

「痺れるテーマですね!」

 それが村田沙耶香さんでした。
(続きは次回に)

担当者かしわばら
※この本は二人で編集しました。そのうちもう一人も出てくると思います。

『絶縁』ができるまで③


\12月16日発売/

絶縁

『絶縁』
村田沙耶香、アルフィアン・サアット、郝景芳、ウィワット・ルートウィワットウォンサー、韓麗珠、ラシャムジャ、グエン・ゴック・トゥ、連明偉、チョン・セラン


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