吉村栄一『坂本龍一 音楽の歴史 A HISTORY IN MUSIC』
目を瞑って、龍をなでる。『坂本龍一 音楽の歴史』について
2009年ぐらいから、坂本さんにはその音楽作品をまとめた包括的なディスコグラフィーを作りたいという話をしていた。これまで世に出たレコード、CDなどを網羅し、代表的な作品についてはあらためて語っていただくという形で構想していた。
幸いにもそれに賛同いただき、では、自作を語るための取材の一席を設けようということに。第1回だから坂本さんおすすめのレストランで食事をしつつリラックスした形で始めようということになった。その取材の日取りはいまでも忘れはしない。2011年3月某日だった。
しかしこの年の3月11日の東日本大震災とそれに伴う原発事故によって、当然、その取材は無期延期となり、以降、坂本さんは被災地の支援に力を入れることになったのは周知の通りだ。
微力ながらそうした活動のお手伝いをしつつ、ディスコグラフィーの作成も忘れてはいなかったが、本書にあるよう2011年以降の坂本さんのご多忙ぶりは尋常ではなかった。
ときおり、過去作品の再発売や復刻の際にそれらに関するお話を伺ってライナーノーツに記載することもあったが、ディスコグラフィーに関してまとまった時間を取っていただくというのは難しかった。
しかし今回、坂本龍一さんの音楽歴を辿る評伝を書く機会に恵まれた。
話をいただいた当初はそれなりに自信があった。坂本さん〜教授に詳しいという自負があったのだ。
しかし書き進めるに連れ、その自負は幻想だということがわかっていった。自分が知っていたつもりの坂本龍一像は、多面的な巨象、いや、巨龍の一部に過ぎないことを思い知らされてしまった。
目を瞑ってなでて、その感触のみからわかったつもりになっていたようなものだ。
あらためてその実像に対する記録を調べ、周辺の方々から貴重なお話も伺った。
そうして書き上げていった『坂本龍一 音楽の歴史』だが、自分の出来る限りのことをやったという気持ちの一方で、また別の角度から巨龍の実像を照らし出そうとしている方たちの存在も感じ、きっと今後、多くのそうした照射によって、坂本龍一という巨人、巨象、巨龍の姿がはっきりと、くっきりと浮かび上がっていくことに期待したい。もし本書がその足がかりの梯子の1段目になるとすれば、それに勝る喜びはない。
そして、2011年以降もリリース作品のデータのみは常に記録していって、それが本書の特装版の付録であるディスコグラフィーの基礎となった。
当初の構想の、主要作品に対するお話を伺ってという形のディスコグラフィーの完成は今後果たして実現できるかどうかは定かではないが、たとえデータのみであっても、坂本龍一の音楽作品がこれからもそこにどんどん付け加えられ、音楽の歴史が書き進められていくだろう。
坂本さん、これからもすばらしい作品を作り続けてください!
吉村栄一(よしむら・えいいち)
1966年福井県生まれ。月刊誌『広告批評』編集者を経て、フリーランスの編集者、ライター、コピーライターに。主な編著書に『いまだから読みたい本─3.11後の日本』『40 ymo 1979-2019』など。構成を手掛けた書籍に『戦場のメリークリスマス 知られざる真実』『龍一語彙 二〇一一年─二〇一七年』。単著書に『評伝デヴィッド・ボウイ 日本に降り立った異星人』『YMO1978-2043』がある
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A HISTORY IN MUSIC』
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