【著者インタビュー】早瀬圭一『老いぼれ記者魂 青山学院 春木教授事件四十五年目の結末』
昭和48年に起きた、大学教授による婦女暴行事件。果たしてそれは本当に暴行だったのか、それとも合意だったのか? 元新聞記者の大宅賞作家が、その真相に挑みます。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
大宅賞作家、執念の取材が結実!「セクハラ」という言葉もない時代に起きた強姦事件の真相は!?
『老いぼれ記者魂 青山学院 春木教授事件四十五年目の結末』
幻戯書房 2400円+税
装丁/佐藤絵依子
早瀬圭一
●はやせ・けいいち 1937年大阪生まれ。61年毎日新聞社入社。社会部記者や編集委員等を経て、93年退職。現在客員編集委員。また複数の大学で教鞭を執り、現在は東洋英和女学院大学名誉教授。82年『長い命のために』で大宅壮一ノンフィクション賞。他に『聖路加病院で働くということ』『大本襲撃―出口すみとその時代』『鮨を極める』等。「鮨屋で最近のお勧めは我孫子『司』『桜田』と経堂『喜楽』。僕は鮨より人に興味があるんだけど」。167㌢、65㌔、O型。
痴漢やセクハラのような白黒つけにくい事件も報道されれば社会的に多くを失う
事件発覚は昭和48年3月。今からもう45年前になる。
同2月11日と13日にわたり、青山学院大学法学部・春木猛教授(当時63)が、同文学部4年〈A・T子〉を暴行し、婦女暴行傷害容疑で逮捕されたと、3月20日付の朝日新聞がスクープ。セクハラという言葉もまだない時代だけに世間は騒然となった。
この時、毎日新聞社会部記者として取材にあたったのが、『老いぼれ記者魂』の著者・早瀬圭一氏(80)だ。しかし春木はあくまで同意の上だったと犯行を否定。その
が、結果的に彼は起訴され、懲役3年の実刑が確定。再審請求も叶わなかった。その春木亡き今、元記者は一人、闇に立ち向かう。
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「あの日はもう大騒ぎでして。本来、警視庁担当がやるはずの事件に、僕ら遊軍記者も駆り出されたのです。
その後、T子の父の共同経営者で〈地上げの帝王〉こと最上恒産の早坂太吉が事件直後に慰謝料と辞任を要求しながら急に撤回したことや、T子が中尾栄一代議士と知り合いで、卒業後彼の秘書になったこと、学内の派閥争いや厚木校舎用地購入のナゾ等、背後関係を知るほど違和感が募った。
ただしノンフィクションである以上、証拠のないことは書けない。「現時点で
〈秋も深まった十一月中旬の午後、JR三鷹駅前からバスに乗った。終点でバスを降り、電話をかけた。声の主は、電車の線路沿いに五分も歩けば「鍼灸治療院」の看板を出した家の前に着くと、道順を教えてくれた〉
早瀬氏は取材を本格的に再開した3年前のある出来事から本書を始める。当時の青学院長・大木金次郎の元側近が鍼灸院を開いている事をつかみ、まずは客として通い始めたのだ。この時、早瀬氏は春木の手記や早坂が彼を脅した際に居合わせた〈O〉助手の告白など、平成2年に『サンデー毎日』で早坂の独占取材を敢行した野村明人氏らから多くの資料を託されており、それらを
「僕が春木事件を洗い直したのも、この記事を偶然読んだのがきっかけ。最終的にはT子本人と電話で17分間、直接話ができたのも、何かの巡りあわせでしょう」
事実関係を整理すれば、まず11日、研究室でそれが起き、その帰りに二人で食事をしたのは確か。13日も二人で会うが、自分は春木を振りきって
「他にもT子が破られたとするパンストの穴が不自然だというメーカー側の証言や、早坂が経営する赤坂のクラブで春木と敵対する教授たちが密談を重ね、自分も片棒を担いだと告白したOの手記も、公判では一切無視された。後にOはその手記を撤回しますが、作り話にしては生々しいし、そのクラブでバイトをしていたT子が実は早坂の愛人だったのも事実なんですね。
要は
T子も事件で人生が狂った「被害者」
実は本書も「仮に冤罪でも取るに足らない古い事件」とする声が刊行を阻んできたとか。
「僕は仮に出版できなくても、老後の趣味として書くつもりでした(笑)。
むしろ大事件ではないからこそ書く意味もあって、現に痴漢やセクハラのような白黒つけにくい事件でも、逮捕され、報道された時点で社会的に多くを失う。特に春木事件を見ていると三権分立などないも同然。大阪拘置所にいまだ勾留中の籠池夫妻だって、誰のどんな意図が働いているのかに絞って野党は質すべきです」
『サンデー毎日』時代には石川達三『七人の敵が居た』も担当。事件の真相に
また、同事件の周辺には林真理子著『アッコちゃんの時代』にも描かれた六本木キャンティの常連客ら、華々しい面々が名を連ねる。
「怪しい人物が蠢く時代で、確かに登場人物は豪華ですね。でも僕にとって一番の衝撃はやはりT子と話ができたことで、17分間、電話を切らずに応じてくれた彼女も、結局はあの事件に人生を狂わされた『被害者』だと思う。そして春木も大木も早坂も亡き今、せめてT子には自分の生きたい道を生きてほしい。それが僕の一番の願いです」
奇しくもいま、各界がセクハラ疑惑に揺れる中、45年前の事件に今日的価値を見出せるかどうかは読者に託された。司法の壁や人間の業、真相究明に賭けた記者魂の今昔など、この執念の事件簿には時代によって変わるものと変わらないものとが混在し、ドラマチックですらある。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2018年5.18号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/08/23)