◎編集者コラム◎ 『仮面幻双曲』大山誠一郎
◎編集者コラム◎
『仮面幻双曲』大山誠一郎
ここ数年のコロナ禍で、私たちの生活において大きく変わったことの一つが、「マスクで顔を隠すようになった」ことではないだろうか。初対面の仕事相手との名刺交換の際にも、マスクを着用しているため、お互いの顔の全体像は把握できない。さんざん一緒に仕事をした末に、パーティで会って誰だかわからなかったり、「こんな顔だったんだ!」とあらためて驚いたりすることが多い。カメラオフのオンライン打合せも当たり前になったため、〝 顔のわからない知人〟が知らないうちに増えている。
奇しくもそんな時に、単行本刊行から17年を経て文庫化することになったのが、大山誠一郎氏の『仮面幻双曲』だ。大山氏といえば、ドラマ化されて大ヒットを記録した『アリバイ崩し承ります』シリーズをまず思い浮かべる方が多いかもしれないが、本作は戦後間もない昭和22年の滋賀県を舞台にした、骨太のミステリである。地元随一の製糸会社を営む占部家で、社長である兄に恨みを抱き、殺害を目論む双子の弟が整形手術で顔を変え、別人になりすまして戻ってくる。「なぜ顔を変えたかわかるか? お前の近くにいる」――そんな不気味な脅迫状が届き、社長を守るため私立探偵の川宮兄妹が雇われるが、琵琶湖畔の洋館で寝ずの番にあたった矢先、社長は惨殺されてしまう。本格ミステリ好きにはたまらない、ゾクゾクするような設定の物語なのだ。
今回、素晴らしい解説をご執筆くださったミステリ作家の阿津川辰海氏も言及しているように、単行本刊行時と比べて文庫版は、抜本的な大改稿がなされている点にも注目していただきたい。文庫版で初めて本作品を手にしてくださる方はもちろんのこと、単行本をすでに読んだ、というファンの方でも両者を比較すると驚くほどの違いが見つかるのを楽しんでいただけるだろう。
本書を読み終えると、〝顔のわからない知人〟たちが急に恐ろしくなってくる。
私たちは、そろそろマスクを外して、素顔を見せあった方がいいのかもしれない。
『仮面幻双曲』のような大惨事から、身を守るために……。
──『仮面幻双曲』担当者より
『仮面幻双曲』
大山誠一郎