『超短編! ラブストーリー大どんでん返し』刊行記念鼎談 ◇ 森晶麿 × 大山誠一郎 × 青崎有吾

『超短編! ラブストーリー大どんでん返し』刊行記念鼎談 ◇ 森晶麿 × 大山誠一郎 × 青崎有吾

 日本を代表するミステリー作家三〇名が、わずか二〇〇〇字で「どんでん返し」を仕掛けてみせたショートショート集『超短編! 大どんでん返し』(小学館文庫)。九万部突破の大ヒットを記録している同書にインスパイアされた森晶麿が、『超短編! ラブストーリー大どんでん返し』(小学館文庫)を刊行した。たった一人で三一編ものどんでん返しをやってのけた恋愛ミステリーの名手と、『超短編! 大どんでん返し』に寄稿した大山誠一郎、青崎有吾が、古今東西のどんでん返しについて語り合った。


どんでん返しの基本形は「構図」のひっくり返し

青崎
 森さんがどうして一人で三一編のどんでん返しの短編を書くことになったのか、経緯が気になって仕方ないです。


 最初は青崎さんや大山さんと同じで、「STORY BOX」のリレー連載『超短編! 大どんでん返しSpecial』で一編書きませんかと依頼をいただいたんです。もともと僕はデビュー前にショートショートばっかり書いていた時期があって、この形式が好きですし自信もありました。ただ、最近はなかなか書く機会がなかったんですよね。書きたい熱が爆発して、一編だけ送ればよかったのに一〇編書いて編集さんに送っちゃったんです。

青崎大山
 ええっ!?


 その一〇編を編集さんに気に入っていただけたようだったので、ラブストーリーという括りを設けたうえで一冊丸々どんでん返しでいくのはどうでしょう、と僕から提案したんです。やるならば三一編全部違う作家が書いたんじゃないか、ぐらいに感じられるようなバリエーションと読み応えを目指しました。


超短編! ラブストーリー大どんでん返し

『超短編! ラブストーリー大どんでん返し』(森 晶麿・著)
古今東西、老若男女を巻き込む様々な恋愛模様と、あっと驚くどんでん返し。1編4ページに詰め込まれたきらめきをご堪能あれ。「黒猫」シリーズ、「偽恋愛小説家」シリーズで圧倒的人気を誇る著者の新機軸ショートショート集!


青崎
 僕はデビュー前を含めてもショートショートは一桁ぐらいしか書いたことがないので、森さんが試しに一〇編出した時点でもう負けてます(笑)。どんでん返しに関しても、読むのは好きですが書くことには苦手意識があるんです。


『超短編! 大どんでん返し』に収録されている青崎さんの「your name」、素晴らしかったですよ。ショートショートなのに、ちゃんと本格ミステリーですよね。

青崎
 あのお話は中盤でありがちな叙述トリックがひとつ明かされて、「はいはい、このネタね」と読者に思わせておいてから、それを手がかりにある推理が展開する、という作りになっています。ロジックの面白さも入れたつもりだったので、本格ミステリーと言っていただけるのは嬉しいです。


 大山さんのショートショート「硬く冷たく」も、ギャングものと見せかけて……驚きましたね。どんでん返しのための伏線がすごく丁寧に張られていて、見習わなくてはと思いました。

青崎
 僕は「your name」を書く時、大山さんの作品なども参考にしたところがあって。どんでん返しが見事に決まっているものが多いですよね。

大山
 私も青崎さんと同じで、どんでん返しはどちらかと言えば苦手でして。

青崎
 いや、そんなことないと思います!


「死を十で割る」(『記憶の中の誘拐 赤い博物館』収録)なんて、鳥肌が立ちましたよ。

大山
 ありがとうございます。私の場合、どんでん返しはまず「構図」を作り、それをひっくり返す。そうすることで、世界を一変させるという発想なんですね。特に今回のような短い枚数で、騙しの構図を作り上げるのは非常に難しかったです。何十枚、何百枚も書けるんでしたら、読者を騙す構図を徐々に構築していくことができるんですが。


超短編!大どんでん返し

『超短編! 大どんでん返し』(小学館文庫編集部・編)
累計9万部突破! 小説誌「STORY BOX」の人気企画をオリジナル文庫化。多彩&豪華執筆陣30名が、わずか2000字の〝超〟短編でどんでん返しに挑む。ミステリー、ホラー、歴史小説まで。読めば必ず騙される、隙間時間に最適の一冊。


青崎
 僕はショートショートならまだしも、どんでん返しのサプライズのサイズ感とお話のボリュームがうまく釣り合うかどうかと考えてしまって、短編や長編でやることに躊躇してしまうんです。今回は短いからなんとか書けた感覚なんですが、大山さんは逆だったということですよね。

大山
 そうですね。私にとっては短いほうが、どんでん返しを作るのは難しいです。


 僕はショートショートにはあまり難しさは感じないタイプで、長くなればなるほど苦手意識が出てくるんですよ。というのも、僕はお二人と違ってアイデアの段階で作り込まないというか、アイデアの解像度が低いんです。どんでん返しの構図を考えるという作業をすっ飛ばして書いているから、長くなればなるほど最後に苦しむことになる。

青崎
 ん? もしかして、『超短編! ラブストーリー大どんでん返し』に収録された作品も、どんでん返しの内容が決まってない状態で書き始めちゃったということですか。


 そのパターンが多かったです。

青崎
 衝撃です……。

大山
 私は森さんの本の中で「プラネタリウム」が一、二を争うぐらい好きなんですけども、あの最後のどんでん返しは、書き始めた時点では決まっていなかったということですか。


 決まっていなかったですね。最初の段階ではよくある再会ラブストーリーでしかなかったんですが、ここにどんでん返しをくっ付けるとしたらどうなるのかな、と考えていきました。

青崎
 どんでん返しありきだからこそ、ああいう話ができあがった。その作り方、すごく面白いです。僕は「未来から」と「Re:girl」が特に好きです。密度が高い。


 物語の方向性というか読み味は、半分くらいまで書いていくとだんだんわかってくるんです。今できあがりつつある物語の状況なのか時間なのか人物像なのか、いずれにせよそれらと対極にあるものを最後に持ってくれば、どんでん返しになるんじゃないかな、というざっくりした考えなんですよ。ミステリーの書き方としてはまったく正しくない。ちゃんと構図を作らないといけないなって、お二人の話を伺いながら反省しました。

青崎大山
 いやいやいや!!

古今東西敬愛するどんでん返しもの

 *以下、一部有名作品のネタバレに触れます 


 どんでん返しのネタバレ問題は悩ましいです。「この作品はどんでん返しがある」と言うこと自体、ネタバレをしている(苦笑)。服部まゆみさんの『この闇と光』が今、再ブームじゃないですか。今出ている文庫版は裏のあらすじに、「衝撃の結末」と明記されているんです。僕は大学時代にハードカバーで買って、まったく何も知らない状態で読んで驚愕したんですよ。

森晶麿さん
森晶麿(もり・あきまろ)
1979年生まれ。2011年『黒猫の遊歩あるいは美学講義』で第一回アガサ・クリスティー賞を受賞。「黒猫」シリーズは現在までに8作を刊行。他の著書に『キキ・ホリック』『探偵と家族』、「偽恋愛小説家」シリーズなどがある。

青崎
 僕、自慢したいことがあるんですが、いいですか?(笑) 綾辻行人さんの『十角館の殺人』とアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を、まったくネタを知らない状態で読んだんです。


 それはうらやましい!

青崎
「どんでん返しがある」という情報すら知らないまま読んだので、純度百パーセントの驚きを受け取りました。僕がその当時ものすごく情弱だったからなんですけど(苦笑)、のちのち考えてみると、相当珍しい体験ができたなと思いました。

大山
 私は『アクロイド殺し』を中学二年生の時に読んだんですけども、私もまったくネタを知りませんでした。非常に驚きまして、読み終えてすぐ母のところへ行って「こういう話なんだよ」って、ネタばらしをしたのを覚えています(笑)。

青崎
「読んでみて」じゃなくて、言っちゃったんですね(笑)。

大山
 誰かにしゃべりたくてしょうがなくなったんです。


 驚いたことって、人に言いたくなりますよね。そこに、どんでん返しが時代を超えて読み継がれていく理由がある。それに、「どんでん返しがある」と言われたから読みたい、となる気持ちもよくわかるんです。ということで、ここからはあまり気にせずしゃべっていきましょう。

大山
 どんでん返しの楽しさって、二度読みすることでより一層味わえると思うんです。そう考えると、読み返すのが比較的簡単なショートショートという形式は、どんでん返しに合っているのかもしれません。『超短編! 大どんでん返し』で言えば乾くるみさんの「なんて素敵な握手会」、森さんの本で言えば「ネクタイ」などは特に、二度読みでより作品が輝くタイプのどんでん返しだったと思います。

大山誠一郎さん
大山誠一郎(おおやま・せいいちろう)
1971年生まれ。2013年『密室蒐集家』で第13回本格ミステリ大賞受賞。『アリバイ崩し承ります』が「2019本格ミステリ・ベスト10」で1位に。22年「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」で第75回日本推理作家協会賞短編部門受賞。他の作品に『仮面幻双曲』など。


 二度読みからが本当の勝負だ、と思いながら書いていましたね。最初のほうだけ読み返してみようと思ったら、面白くて最後まで読んじゃった、となるようなものをいかに作れるか。

青崎
 僕は不真面目な読者なので、どんでん返しで驚かされても長編の場合だとよっぽどじゃない限り読み返すことはないんですけど、確かに短編ならよく読み返します。例えば、スタンリイ・エリンの「クリスマス・イヴの凶事」(『特別料理』収録)。森さん、文庫の解説を書かれていますよね。


 書きました。大好きな作品です。

青崎
 あの短編は、オールタイムベスト級の傑作ですよね。アイデアそのものはそれほどではないんですけど、全てを頭に入れたうえで読むと小説的な深みがぐっと増すんです。


 わかります。ジェフリー・ディーヴァーの『クリスマス・プレゼント』という短編集もお手本のようなサプライズの連続なんですが、単純に驚くだけではなくて、驚くことで急にそれまで読んできた物語がカラフルに見えてくる。そうすると、もうミステリーが大好きになっちゃう。長編だと乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』、殊能将之さんの『ハサミ男』、我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』も同様ですね。海外だと、リチャード・ニーリィの『心ひき裂かれて』『殺人症候群』とか、サラ・ウォーターズの『半身』とか。

青崎
『半身』はいいですよねぇ。

大山
 二度読みした時に小説的な深みがグッと増す、あるいは物語がカラフルに見えてくる。私も感銘を受けたどんでん返しものを振り返ってみますと、どれもみなそういう作品ですね。私の好きなどんでん返しは長編が多いんですが、例えば我孫子武丸さんの『探偵映画』は、二度読みした時に小説のハートウォーミングな魅力が倍増します。それから、どんでん返しと聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、歌野晶午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』。どんでん返しが決まった瞬間、それまでの描写が全て違う意味を持って現れてきて、そのことによって小説的な感動も生まれてくる。二度読みした時の感動はとてつもなかったです。


 僕も『葉桜』は読み終えてすぐ、頭から読み返しましたね。

青崎
 僕もそうでした! 最近の長編で一点挙げたいんですが、友井羊さんの『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』はここ一〇年のどんでん返しでベストだと思います。サプライズとドラマがものすごく密接に絡み合った作品で、物語の後半ちょい過ぎである事実関係が明かされた瞬間、物語の見え方がガラッと変わるんですよ。この題材を青春小説にこう組み込むかという驚きがあって、自分には書けないって気持ちになっちゃいましたね。どんでん返しとドラマを有機的に繋げる書き方は、生半可な覚悟ではできない。

どんでん返しは無差別格闘技!?

青崎
 僕は大学生の頃にミステリー研究会に入っていて、アマチュア間で創作誌の読み合いなどもしていました。当時から思っていたんですが、ミステリーを書き始める人たちにとってはどんでん返し=叙述トリックって、意外と書きやすいというか手を出しやすいものなんですよね。なぜかというと、叙述トリックを成立させるための制約がいい意味での縛りになって、迷わず小説を書いていくことができるから。でも、そこにサプライズ以上の余韻や必然性を求め出すと途端に難しくなってくる。叙述トリックって、ユーチューバーと同じだなと思うんです。始めるのは簡単で、「自分もこのぐらいならできそうだな」となるんだけど、そこでいざ天下をとろうとするとめちゃくちゃ難しくなってくる。

青崎有吾さん
青崎有吾(あおさき・ゆうご)
1991年神奈川県生まれ。2012年『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。著書に「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズ、『早朝始発の殺風景』など。最新刊は『11文字の檻: 青崎有吾短編集成』。


 いいたとえですね。

青崎
 わかっていただけてよかった(笑)。


 おっしゃる通りどんでん返しって、参入障壁は低い。だから、ミステリーに限らず、いろいろなジャンルの作品に取り入れられていますよね。ラブストーリーであれSFであれ、どんでん返しはどんなジャンルでも使える。そもそもの語源は歌舞伎用語ですし。そう考えると、どんでん返しって無差別格闘技に似ています。

青崎
 確かに、他のジャンルの小説でもどんでん返しって取り入れやすいです。面白い話を書こうとしたら、自然に出てくるアイデアの一つなんだと思うんですよ。それがミステリーと呼ばれるかどうかは別の話で。

大山
 森さんの『超短編! ラブストーリー大どんでん返し』に収録された作品は、このジャンルだと思わせて別のジャンルに飛ぶ、というどんでん返しの仕方をされている作品もありました。ミステリーというジャンルに限らない、こだわり過ぎないからこそそれができた。「どんでん返しは無差別格闘技」という表現は、まさに言い得て妙だなと思います。


 僕は、少なくとも物理トリックではお二方には敵わないですし、本格ミステリーの世界には席がないなと思っています。ただ、そんな自分でもこの世界で勝負できるとしたら、恋愛ミステリーだなという予感はあるんです。恋愛小説にしか見えないようなものが最後の数ページでガラッと変わる、『イニシエーション・ラブ』のような恋愛ミステリー長編をいつか書きたいです。

大山
 今日お二人とお話ししてきて、私もどんでん返しに意識的に挑戦してみたくなりました。これはまったくの理想なんですけども、どんでん返しが物語そのものに影響を与えるというか、物語をより感動的にするもの。端的な例で言えば『葉桜』のような作品を目指してみたいです。

青崎
 僕はアイデアとしては幾つかこれをやりたいというものはあるんですが、ここぞという時に使いたいと思って出し惜しみしています。いつか必ず、やりたいんですけどね。ただ、その時は本のオビなどで「どんでん返しがあります」とは銘打たないと思います。読み終わってから気付いてほしいです(笑)。

 

(構成/吉田大助)
〈「STORY BOX」2023年3月号掲載〉

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