今月のイチオシ本【警察小説】
『ワトソン力』
大山誠一郎
ワトソン力のワトソンとは、かの名探偵シャーロック・ホームズの友人で相棒のこと。本書の主人公和戸宋志は、自分から一定の距離内にいる人間の推理力を飛躍的に向上させる特殊能力の持ち主で、彼はワトソンも同じ能力をそなえており、ホームズもそれを知っていたからこそ捜査に同行させたのではないかと考えた。
かくして和戸は自分の特殊能力をワトソン力と呼ぶことにしたのである。
そんな彼の仕事は警視庁捜査一課の刑事だ。何せ彼がいれば、周囲の人間はたちまち名探偵と化す。実際、彼の所属する第二強行犯捜査第三係の検挙率は前代未聞の一〇割。和戸自身は何の功績も挙げない凡人だと見られていたが、彼がいると皆の推理が冴えるということで、第三係に留まり続けていた。
そんな彼の「7(+1)つの事件」を収めた本書は、当然ながら彼の活躍を描いた事件簿だと思われるかもしれないが(彼自身は何もしないんだけど)、何とプロローグで彼は一服盛られ、見知らぬ一室に閉じ込められてしまうのだった。
いったい誰が、何のために。刑事として人から恨まれることはしていないはず。してみると、非番の日にたびたび出くわしたクローズドサークル状況下での事件が関係しているのかも、というわけで、彼は過去の事件を回想し始める。
第一話はクリスマスを過ごしに訪れたペンションの別々の部屋で主人夫婦が殺される。主人は右手を前に伸ばして倒れていたが、その先には血で描かれた十字架が五本、並んでいた。第二話は、友人からチケットを貰って、池袋のビルにあるギャラリーで開催中の彫刻家の作品展を見にいくが、そこで突然の停電にあう。その暗がりの中で殺人が……。
警視総監の命令で(!?)婚活に訪れた瀬戸内の島で殺人が起きる第三話の後、改めて監禁犯をめぐる推理がし直され、第四話は奥多摩交番に勤務していた頃に直面した事件に転ずるなど、謎解き趣向のみならず全体の構成にもひと工夫あって、先の読めない展開だ。この調子で次作はぜひ長篇を望みたいところだが、次は警察ものでなくなりそうなのが残念。
(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2020年12月号掲載〉