◎編集者コラム◎ 『恋愛の発酵と腐敗について』錦見映理子
◎編集者コラム◎
『恋愛の発酵と腐敗について』錦見映理子
太宰治賞受賞作家が描く大人の恋愛群像劇
<発酵>微生物が増えることによって有益な物質に変化すること
<腐敗>微生物が増えることによって有害な物質が発生する変化
発酵と腐敗、食品に対して微生物の増加が作用しているという意味では同じなはずのに、美味しいものになるのか有害なものになるのか、その頃合いが難しい。錦見映理子さんは、この微生物の増殖を恋愛感情の増殖に置き換えて、絶妙な物語を紡ぎ出している。
冒頭、上司との不倫の恋に破れた万里絵はOLを辞め、知らない町で小さな喫茶店を開く。初めての恋が不倫で、よりによって妻子持ちの男に振り回された万里絵は、20代にして恋を諦めている。いや、諦めているというより絶望しているとも言えるのかもしれない。そして万里絵の喫茶店にお客として立ち寄る早苗は40代にして初めて抱いたある男に対する燃えるような恋心に自家中毒を起こし始めていた。そんな女達を横目に全てを達観している50代のスナックのママ伊都子の恋のスタンスが、女達のざわついた心に鋭い楔を打ち込む。冒頭だけ読むと恋を巡る女達のドロドロした展開が待ち受けていそうに思えるが、彼女達には予想外の結末が待ち受けていた。
のめりこみすぎた恋愛、振り回されすぎた恋愛、拒み続けた恋愛、包み込むような恋愛……
どれが恋愛の正解なのか是非本書を紐解いてほしい。のめりこみすぎた恋愛が腐敗なのか、包み込むような恋愛が発酵なのか。その辺りはあらかじめ予想ができそうなものだが、錦見さんは読者の想像の上をいく展開を用意している。どこまでが発酵でどこまでが腐敗となるのなのかは人によって違う。だが、その恋が腐敗したとしても、次のステップに向けてポジティブに変換できるところが人生の面白さなのかもしれない。
恋に踏み出せない人にも、恋はこりごりと思っている人にも、一度恋愛してみるのもいいんじゃないって後押ししてくれているような物語。結末に発酵が待ち受けていたとしても腐敗して終わったとしても、それはその相手としか経験できない一度きりのかけがえのないひとときとなるのかもしれない。
ブクログデイリーランキング1位、朝日新聞・日経新聞などでもご紹介、第2回本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞ノミネート! 話題の恋愛小説が待望の文庫化!
──『恋愛の発酵と腐敗について』担当者より