週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.148 ブックファースト練馬店 林 香公子さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 ブックファースト練馬店 林 香公子さん

spring

『spring』
恩田 陸
筑摩書房

 今回ご紹介したいのは、『蜜蜂と遠雷』ではピアノ、『チョコレートコスモス』では演劇、と舞台の上の小説を生み出している恩田陸のバレエ小説『spring』 です。次はバレエ小説を書くらしいと噂に聞き、4年前にPR誌「ちくま」で連載が始まって以来、店頭で販売できる日を楽しみに待っておりましたが、遂にこの春、その日がやって参りました!

 小説ではよろず はる君という振付師・舞踏家を主人公に、身体表現、舞台芸術、チーム戦であるバレエの魅力が描かれています。完璧なステップや永遠の滞空を感じさせるジャンプなど文字から伝わる躍動感に、目の前でダンスが繰り広げられているかのような気持ちになります。実際のバレエの舞台はもちろん、有吉京子の『SWAN』に山岸凉子の『アラベスク』、曽田正人の『』にジョージ朝倉の『ダンス・ダンス・ダンスール』など名作漫画の数々でバレエに親しんできた方も多いかと思いますが、オーディションの空気や舞台の上の光などビジュアルで慣れ親しんできた名場面が言葉であらわされるとこうなるのか!と驚かされます。

 また、著者直筆メッセージ入りのポップに「今まで書いた主人公の中で、これほど萌えたのは初めてです。」と書いてある通り、「オーディション同期のシンメと二人舞台」「圧倒的王子様とのパ・ド・ドゥ」「道を違えたチームメートと再会しての共同制作」など、オタク沼落ちポイントも満載。書いた人がそうなら、読むこちらは尚更と納得しかありません。

 萬春君という天才ダンサーの伝説の舞台を余すことなく体験できるこの本。後にスターとなる演者の初舞台やターニングポイントとなるような場面に立ち会えるなんて僥倖、現実の世界ではなかなかありませんが、本の中では、そんな特別な時間の数々に居合わすことが可能なのです。チケット代も渡航費用も全て税込1,980円の中に入っております。贅沢な体験を是非!

 

あわせて読みたい本

私と踊って

『私と踊って』
恩田 陸
新潮文庫

 新潮社から定期的に出ている恩田陸の短編集の一つ。表題作の「私と踊って」は2009年に亡くなったドイツの舞踏家ピナ・バウシュの追悼小説で『spring』の素のような作品。近年出来たピナ・バウシュのアーカイブサイトではパフォーマンス動画も観ることができるので、あわせて是非。

 

おすすめの小学館文庫

ジゼル

『ジゼル』
秋吉理香子
小学館文庫

 小学館文庫のバレエ作品といえば秋吉理香子の『ジゼル』。東京のバレエ団が15年前に封印した「ジゼル」の公演を行なうことから噴出する因縁。団員の嫉妬と猜疑心が渦巻く中に現れる過去に死んだプリマの亡霊。結婚を前に死んだ娘が亡霊になって踊る「ジゼル」の幽遠さが堪能できる正統派「バレエのミステリ小説」です。

林 香公子(はやし・かくこ)
どちらかといえば読書家。


小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第6話
「推してけ! 推してけ!」第48回 ◆『鳥と港』(佐原ひかり・著)