週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.172 BOOKアマノ布橋店 山本明広さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 BOOKアマノ布橋店 山本明広さん

恋とか愛とかやさしさなら

『恋とか愛とかやさしさなら』
一穂ミチ
小学館

『ツミデミック』が第171回直木賞を受賞し、注目を浴びる著者の受賞後第1作として発売された今作は衝撃の1冊だ。

 カメラマンの関口新夏にいかは、友人の結婚式に出席したその日、交際相手の神尾啓久ひらくにプロポーズされる。しかしその翌日、「啓久が女子高生を盗撮して捕まった」と彼の母親から電話で聞かされる。

「示談になり、前科も付かなかったから安心して」と言う啓久の両親と、「手を切るなら今のうちだ」と、過去のトラウマと小さな娘を抱えることもあって実の弟の愚行を許せない姉の真帆子。啓久を新夏に紹介した新婚の友人・葵は「このまま目を瞑って結婚するって選択、全然ありだと思う」と話し、自分の中で答えが出せない新夏は惑うばかり。

 男手一つで育ててきた父や、離れて暮らしながらも時々会食する母、写真の師匠でアシスタントを務めるカメラマンの玲子にもはっきり話せずにいる新夏は、偶然、父の報道カメラマン時代の写真を目にしたことをきっかけに、両親の結婚と離婚の事情を知る。

 そして〝出来心〟でやったという啓久の浅ましさを改善すれば自分も納得するのか、その気持ちを理解できれば先へ進めるのかと悩みながら様々な事を試みる新夏の想いは空回りし、楽観的な啓久との距離はどんどん離れていく。

 一方、啓久はある日、出勤途中の駅で盗撮の被害者に遭遇し、いきなり「うち来ない?」と誘われて戸惑う。新夏を納得させるために飛び込んだ性加害者の相談窓口で紹介された自助グループの代表者にそのことを相談するが、助言と共に加害者が抱える現実を突きつけられる。

 大学生になっていた彼女もまた複雑な事情を抱えており、啓久との接触を通して性加害とは、家族とは、愛情とは何なのかを問いかける。

 言うまでもなく盗撮は犯罪である。しかし作中で描かれるように、当事者はもちろん周辺の人々も状況や立場によって、その後に対してそれぞれ違った考えが生まれる。「あなたは誰に最も共感しますか?」と問われながらの読書体験は辛くもあるかもしれないが、読者の心に非常に大きなものを残すことは間違いない。そして、身近に読んだ人がいたなら、どう思ったかをぜひ話し合ってみてほしい。

 余談だが、『スモールワールズ』が第9回静岡書店大賞を受賞した際、コロナ禍の中、顔出しNGの覆面作家という立場でありながらも発表動画に出演するために静岡に来ていただいたことはいい思い出である。

 

あわせて読みたい本

婚活マエストロ

『婚活マエストロ』
宮島未奈
文藝春秋

 第11回静岡書店大賞、第21回本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』著者の新作は、浜松が舞台の婚活小説。40歳の三文ライター猪名川健人は、学生時代から住むマンションの大家の依頼で、とある婚活事業会社の紹介記事を書くことに。そこで出会った「婚活マエストロ」鏡原奈緒子とその会社の謎を追い求め、婚活パーティーに参加したりスタッフとして協力したりする間に、婚活に対する自身の気持ちも変わっていく。出会いと成長の物語。

 

おすすめの小学館文庫

一瞬に生きる

『一瞬に生きる』
小久保裕紀
小学館文庫

 日本シリーズで敗れてしまったが、今季、新人監督最多勝利記録となる91勝を挙げたプロ野球・福岡ソフトバンクホークス小久保裕紀監督の自伝。困難な環境を乗り越えて福岡ダイエーホークス(当時)に入団すると、弱小球団は王貞治監督の下で一時代を築き上げる。著者自身もスランプや度重なる怪我を乗り越え日本を代表する打者に育つが、チームの中心にいた最中に突然ジャイアンツへの無償トレードが発表される。やがてホークスに戻り、引退後はコーチや監督を経験した野球人生の中でぶつかった数々の試練を乗り越えるための努力が本書に籠められている。

 

山本明広(やまもと・あきひろ)
静岡県浜松市出身の書店員。店では書籍全般と文庫を担当。静岡書店大賞の実行委員も務めています。


採れたて本!【国内ミステリ#24】
連載第24回 「映像と小説のあいだ」 春日太一