採れたて本!【国内ミステリ#24】
どうやって思いついたのか見当もつかないほど意表を衝く設定と、そこに説得力を持たせる文章力。それらを兼ね備えた斜線堂有紀の短篇は、小説を読むことの悦びに満ちている。これまでに刊行された『回樹』『本の背骨が最後に残る』といった短篇集もいずれも粒揃いだったが、そこに『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』という新たな1冊が追加された。
タイトルを見るとガチガチの本格ミステリばかりに思えるけれども、実際に収録作に目を通せば、斬新な設定と、ロジカルでありながら読者の感情を強く揺さぶる味わいに溢れた、ミステリの枠に収まりきらない作品が多い。例えば巻頭の「ある女王の死」は、ヤミ金業界の女王として君臨してきた老女が死体となって発見され、現場にはダイイングメッセージのようなチェス盤が……といういかにも本格ミステリ的な発端ながら、そこから過去に遡って彼女の数奇な一代記が語られ、どうして冷徹な金貸しになったのか、彼女にとってチェスとはどんな意味があったのか、そして彼女が伝えたかったメッセージとは何かが明かされてゆくのだ。主人公のキャラクター設定と最後のオチとの結びつきが鮮烈である。
次の「妹の夫」は、本書の中でも白眉と言うべき傑作だ。舞台はワープが実現化された未来。単独有人長距離航行のパイロットに選ばれた荒城は、愛妻を残して宇宙へと旅立つ。ところが彼は、地球の自宅に設置されたカメラからの映像で、妻が殺害される様子がモニターに映し出されるのを目撃する。犯人は彼女の妹の夫だった。その直後、荒城を乗せた宇宙船は長距離ワープに突入し、通信システムの翻訳機能が故障してしまった。モニターに現れた地上ステーションの通信官はフランス人。相手は日本語を知らず、荒城はフランス語を知らないという状態で、彼はどうやって妻を殺した犯人を相手に伝えられるのか? SFミステリの形式を借りて、空間と時間の遼遠さと人間の限りある宿命とを対比させつつ、それでも諦めず知恵を絞ってコミュニケーションを図ることの尊さを謳い上げた絶品だ。
他にも、1970年代、地球の文化を記録した画像や音を収めたレコードをボイジャー探査機で宇宙に飛ばす計画において、天文学者のカール・セーガンがその記録の内容を決定する会議の委員長を務めた……という史実を踏まえた爆笑作「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」など、テイストが全く異なる全5篇が収録されている。共通テーマは、何かを「伝える」ということ。読後、溜め息が出るほど見事な短篇集だ。
『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』
斜線堂有紀
双葉社
評者=千街晶之