週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.26 啓文社西条店 三島政幸さん


最後の角川春樹

『最後の角川春樹』
伊藤彰彦
毎日新聞出版

 角川春樹氏といえば、最近ではすっかりワイドショー的な観点から、ちょっと変わった人、というイメージの方が強くなってきているように思う。結婚・離婚を何度も繰り返しているとか、日本の大地震を祈って止めているらしいとか、麻薬取締法違反で逮捕されたことがあるとか。あるいは出版人として語る場合にしても、角川のお家騒動により角川書店(現・KADOKAWA)を追われた人、という、ややスキャンダラスな印象を持つ人が多いのではないか。
 しかし忘れてはいけない。角川春樹氏は間違いなく、日本の出版史・映画史に欠くことのできない最重要人物であることを。その出版人、映画プロデューサー、映画監督としての功績を、本人への長時間に及ぶインタビューを元に構成された本が、伊藤彰彦さんの『最後の角川春樹』(毎日新聞出版)である。

 ある一定の年代以上(四十代以上、だろうか?)の人であれば、角川春樹イコール角川映画、というイメージが強いかも知れない。「犬神家の一族」に始まる金田一耕助シリーズ、あるいは薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子の「角川三姉妹」などを起用したアイドル映画の数々。映画制作会社として「角川春樹事務所」を作り、多くの映画を発表した。なお現在の「角川春樹事務所」は、映画制作会社ではなくて出版社なのでお間違いなく。
 当時は部外者(出版人)が映画産業に参入したことで、映画業界から疎ましがられていたというが、映画公開に合わせて原作本を売り、関連書のフェアを展開したことで相乗効果を生んで大成功した。今では「メディアミックス」として常識になっている販売戦略は、角川春樹氏が出版人だったからこそ実現できたと言える。現在でも高く評価される作品が多いことからも、角川映画は映画の歴史に間違いなく残っている。

 もちろん、角川春樹氏は映画の功績だけの人ではない。父が興した「角川書店」を大手出版社にした立役者でもあった。その実績の数々は本書に詳細に書かれているので読んでいただきたいのだが、特に有名なのは、岩波書店をはじめとして当時地味な表紙だった文庫本に、カラフルなカバーを掛けて販売したことだ。これも現在では普通だが、角川春樹氏のアイデアなのだ。その一方で、「文庫は読み捨てるもの」という持論も展開し、消耗品としての文庫本のヒット作を多数出していくのもまた、角川春樹氏らしいスタンスが窺い知れる。
(実はこの原稿の初稿では、角川春樹氏の業績についてもっと書いていたのだが、編集さんから「触れすぎでは?」と言われたためカットした。でも実際には書いた原稿の100倍くらいの実績があるので、いくら紹介してもし切れないくらいだった。それらはぜひ、本書で確認して欲しい)

 本書で特筆すべきは、インタビュアーである伊藤彰彦さんの取材力である。インタビューは「その人しか知らないエピソード」を引き出すことがポイントだと思うのだが、伊藤さんは幼少時からの角川春樹氏のエピソードを調べ上げており、あまりに事細かに質問するので、角川春樹氏が何度も感心する。伊藤さんにとっても、インタビュアー冥利につきる瞬間かも知れない。

 角川春樹氏は2020年制作の映画「みをつくし料理帖」をもって、映画監督としては引退を表明されている。だが、出版社・角川春樹事務所の社長の仕事はまだ続けている。本書の終章では、「紙の書物と町の本屋さんを守る」ことが最後の仕事だ、と語っている。それが『最後の角川春樹』のタイトルに込められた意味なのだ。生涯現役ならぬ「生涯不良」が座右の銘だという角川春樹氏。「生涯不良」らしく、破天荒な存在であり続けることが、今の出版業界には必要なのではないだろうか。

あわせて読みたい本

角川映画 1976−1986増補版

『角川映画 1976-1986[増補版]』
中川右介
角川文庫

「角川映画」がもっとも華やかだった頃の角川春樹氏の業績を大量の参考資料を元にまとめた1冊。ひと言で言い切るなら、70〜80年代の角川映画は「角川春樹と大林宣彦」の時代だったのではないかと思わせてくれる。

 

おすすめの小学館文庫

小説王

『小説王』
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小学館文庫

 デビュー作こそ注目されたものの、その後は鳴かず飛ばずの作家と、編集部が存続の危機を迎えた三流編集者。幼馴染みの二人が「小説」を信じて大逆転に挑む。小説や書店の厳しい現実にも触れながら、それでも「面白い物語」が持つ力を信じたくなる。小説好きにこそ響く熱い作品だ。

(2022年1月23日)

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