週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.30 うなぎBOOKS 本間 悠さん
『R.I.P ~安らかに眠れ~』
久坂部羊
講談社
出版社に勤務する女性・村瀬薫子の次兄・村瀬真也が、三人の自殺志願者を殺害した容疑で逮捕された。
一流私立大学を経て商社に勤務した長兄・一也は、何でも良く出来たがプライドが高く、家庭内でも陰湿に次兄をいじめるような人だった。一方次兄の真也は高校を中途退学してから引きこもりの生活を送っていたが、よく本を読み、内気ではあるが、まじめで思いやりのある人だった。
逮捕から一年二か月後、裁判に臨席した薫子が目にした兄の姿は、そんな薫子の印象をあっさりと裏切る。
「三人が自殺を望んでいたから、死なせてあげたんです」
裁判の席でさも当然のことをしたかのように誇らしげに言ってのける真也は、精神鑑定の結果「責任能力あり」と判定された。この物語は、裁判に臨席し、何度も拘置所での面会を重ね、時に遺族やマスコミにコンタクトを取り、兄の思考を探り続けた薫子の手記という形で描かれている。
一人目は失恋。
二人目は難病。
三人目は希死念慮。
三人の被害者が死を願う理由はそれぞれ違う。
二人目の高校教師・豊川は、脊髄小脳変性症という治る見込みのない難病に侵されていた。
「私は、いやだ。惨めな身体に、なってまで、生きたくはない」
妻のいる豊川は、妻の介護の負担を気にかけていた。程なくして寝たきりになり、二十四時間介護の必要な身体になる、その前に死にたいと呂律の回りにくくなった口で懸命に訴える豊川の姿には共感すら覚えるが、豊川の意思を尊重し殺してしまった真也はもちろん非道な殺人鬼として断罪される。
「どんな理由があっても人を殺してはならない」という絶対のルールの中で、思いやるべきは豊川の死にたい気持ちよりも残された妻の悲しみだと力説する検察官。自分の中にある硬いと信じていた芯のようなものが、ぐにゃりと形を変える。
しかしそんな私自身も、二人目はわかるけれど一人目はわからないと思っている。失恋なんかで死ななくてもと、死にたい理由に優劣をつける。同情・共感できるもの、できないもの。どこまでも自分基準でしか物事を考えられていない危うさと、幾度も「思いやりのないサイコパス」である真也に傾く気持ち。
薫子とともに、絶えずこちらの思考も揺さぶられる。まるで本そのものが「考えろ!」とこちらを怒鳴りつけてくるようで、本を支える手に力が入り、急くように頁を捲り続けた。
障碍者と健常者の曖昧な境界線、そしてセンセーショナルに報道するマスコミやSNSの在り方にまで及び、作者は問い続ける。
人の死とは何か。
何が人道的で、何が非人道的か。
作家・久坂部羊氏が小説の形で向き合い続けているテーマの集大成を見たような本作だった。医師として多くの患者と、そして「死」と向き合い続けてきた久坂部氏の命題を、あなたはどう読み、何を考えるだろうか。
あわせて読みたい本
『ミーツ・ザ・ワールド』
金原ひとみ
集英社
自身の死にたい欲求を「ギフテッド」だと主張するキャバ嬢・ライの心情が理解できない腐女子の銀行員・由嘉里。「死にたい人」と「生きていて欲しい人」、相容れない二人の共同生活は相容れなさの連続だ。
おすすめの小学館文庫
『安楽死を遂げた日本人』
宮下洋一
小学館文庫
合法化されていない日本における安楽死・尊厳死。安楽死を求めて海を渡った日本人の死に様を追うノンフィクション。不自由から解放される自由な死。安楽死を希望することと自殺願望は何が違うのか。
(2022年2月18日)