採れたて本!【歴史・時代小説#01】

採れたて本!【歴史・時代小説】

 源平合戦から鎌倉初期は歴史小説の激戦区の一つになっているが、今年の大河ドラマが人気脚本家の三谷幸喜が手掛ける『鎌倉殿の13人』ということもあり、昨年は、周防柳『身もこがれつつ 小倉山の百人一首』、武内涼『源氏の白旗 落人たちの戦』、奥山景布子『義時 運命の輪』、伊東潤『夜叉の都』など力作の刊行が相次いだ。保元の乱に敗れ流罪となった源為朝を主人公にした『朝嵐』を発表している矢野隆が、満を持して源義経に挑んだのが『戦神の裔』である。

 物語は、千本の太刀を得ようと思い立った僧形の弁慶が、最後の一本を奪うため京の五条大橋で義経に戦いを挑む有名なエピソードが発端となる。

 著者は、弁慶には、生まれてすぐに叔母に預けられ、稚児として入った比叡山も乱暴が過ぎて追い出された過去があったとする。この他にも義経の配下になるのは、奥州藤原氏に仕えていたが、自分たちを蝦夷と呼び蔑む都の人間にも、差別される状況を改善しようとしない主君にも反発している佐藤継信、忠信兄弟、源家の家人だった父を知らずに育ち、生きるために盗みと武芸の腕を磨いた伊勢三郎義盛ら、どこにも居場所がない者ばかりなのだ。凄まじい怨念を抱く平家を滅ぼすためなら手段を選ばない義経もエキセントリックな人物とされており、意外な設定に驚かされるのではないか。

 義経は、以仁王の綸旨を受け平家打倒の兵を挙げた異母兄・源頼朝との対面を果たす。だが、すぐに平家と戦うべきと考える義経は、まず関東で源家の勢力を固めてから兵を進めるべきとする頼朝や有力御家人と対立。満足な兵を与えられなかった義経だが、戦の流れを的確に読む戦術眼と、弁慶を始めとする一騎当千の郎党たちの活躍で武勲を重ねていく。

 社会の理不尽に苦しめられてきた義経たちは、古い枠組みを壊し誰も疎外されない新たな世を作るために戦うので、同じような悩みを抱えている読者は、スペクタクルいっぱいに描かれる合戦シーンが、より痛快に思えるのではないか。義経が断崖を馬で駆け降り平家の陣を奇襲した一ノ谷の戦での鵯越の逸話は、目の前にある障壁を乗り越えるメタファーとして使われており、強く印象に残る。

 義経は平家打倒の最大の功労者になるが、頼朝と有力御家人は、武勲への嫉妬や勝手に後白河法皇から官位を得たことなどを理由に、義経を罪人として討伐しようとする。義経たちは社会の分断と憎悪の連鎖を断ち切るために戦うが、勝利しても変革は訪れず自分たちが追われる立場になる。この終盤は、現代の社会問題と重なるだけに、せつなさも募る。

戦神の裔

『戦神の裔』
矢野 隆
中央公論新社

〈「STORY BOX」2022年2月号掲載〉

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