週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.82 文信堂書店長岡店 實山美穂さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 文信堂書店長岡店 實山美穂さん

『あなたはここにいなくとも』書影

『あなたはここにいなくとも』
町田そのこ
新潮社
(2月20日発売予定)

 前回、小説を読むときの自分のポイントについて触れましたが、私は「小説なんて必要ない」と言われたことがあります。小説丸をチェックし、私のつたない文を読んでくださる親切な人にとっては、驚きの(もしくは、同じ経験があるかもしれない)言葉です。その時の私が、笑顔で何をしたかはさておき、今回の作品を読み終わったとき、これが、小説を読む意味かもしれないと思いました。

 著者は、2016年「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞し、同作を含む短篇集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビューされた町田そのこさん。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞され、近年注目の作家さんのおひとりですね。

 小説新潮に載せられていた短篇4本と書下ろし1本がまとめられた一冊です。

 短篇集に収められた作品の、どの主人公も、悩み、苦しみ、人生に迷っています。ヒーローが出てきてストーリーをひっくり返してくれるわけでも、宝くじがあたって一攫千金できるわけでもありません。でも読む人に、その悩みに寄り添ってくれる物語がここにあります。 本を読み終わったあと、気に入った作家さんの本を読み漁ることがあります。作家読み、と私は表現していますが、一般的にはどう表現するのがいいのでしょうか。町田さんは、そんな作家読みをした、おひとりです。出版された順番で読む、逆にさかのぼって読む、ことを人にすすめています。今回は短篇集なので、出版された本と本の間にそれぞれ書かれたものだと思います。入門書としてもおすすめな一冊ではないでしょうか。独立した短篇でありながら、一冊を通した、共通したテーマを感じました。町田さんの既刊はすべて読んでいましたが、本の感想で、「自分に刺さった」と思ったのは、今回初めてかもしれません。ほかの方の作品でも思い当たりませんでした。この感覚が、私の〝小説を読む意味〟なのかもしれません。これを確認するために、私はこれからも本を読み続けると思います。

 

あわせて読みたい本

『文学効能事典』書影

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フィルムアート社

 病気や悩みの症状に合わせて、その対処法を小説で教えてくれる世にも珍しい本です。例えば、「罪悪感にかられたとき」など。悩みだけではなく、「花粉症のとき」という項目もあるので、目次に並ぶ項目を読むだけでも楽しいです。一家に一冊、置き薬のような本はいかがですか?

 

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