◎編集者コラム◎

『愛について/愛のパンセ』谷川俊太郎


愛について
1955年の刊行の『愛について』と、1957年に刊行された著者初のエッセー集『愛のパンセ』。
​​​

  この文庫は、谷川俊太郎二十代半ばの第三詩集『愛について』と初エッセー集『愛のパンセ』を合わせて一冊にしたものです。「愛」という名を冠した若き日の詩人の記念すべき二冊!

 まず、その頃の四年分の年譜をご紹介しましょう。

1954年(昭和2923
6月、小田久郎のはからいで鮎川信夫と「文章倶楽部」(のちの「現代詩手帖」)の詩の選評を始める。10月、岸田衿子と結婚。新居は台東区谷中初音町。


1955年(昭和3024
6月、一人芝居「大きな栗の木」の作、演出を引き受け、文学座で上演。主演の大久保知子と知り合う。西大久保の四畳半のアパートで一人暮らしを始める。ネフローゼで入院中の寺山修司を見舞いに行き、退院後、ラジオドラマの仕事を寺山に紹介する。10月、詩集『愛について』を東京創元社より刊行。武満徹とも詩劇を共作し、しばしば家まで遊びに行く。


1956年(昭和3125
9月、自身で撮影した写真を貼った私家版の詩集『絵本』を、北川幸比古の興した的場書房より刊行し、知人に売り歩く。10月、結核で療養中の衿子を富士見高原のサナトリウムに訪ね、離婚届に捺印。自動車免許を取得し、ドライブを楽しむ。


1957年(昭和3226
9月、初のエッセー集『愛のパンセ』を実業之日本社、『櫂詩劇作品集』(同人七人と寺山修司の作品を含む)を的場書房より刊行。大久保知子と結婚して青山に転居する。シトロエン2CVの中古車を購入。


 

 作品と作家の実生活を結び付けるのはあまりいい趣味とはいえないのですが、この本の場合、どうしても若き詩人の実生活も知りたくなってしまうのです。谷川さん自身も「私は自分の青春を、愛を中心にして感じ取り、考えた。愛こそ最も無くてはならぬものであり、それ故に私はいつも愛に渇いていた」と書いているのですから。

 この年譜は、尾崎真理子さんの素晴しい谷川俊太郎論『詩人なんて呼ばれて』(新潮社/2017年刊)から拝借したもの。カバーには共著と銘打たれていて、著者名表記も〈語り手・詩 谷川俊太郎/聞き手・文 尾崎真理子〉となっています。この本は、谷川さんへのロングインタビューと尾崎さんの文章で構成されているのですが、聞き手の手腕もあって詩人の私生活までが詳細に語られています。この詩人は自己を語るのに誠に率直なのです。

 

 さて、集中の詩も一篇だけご紹介しましょう。

 

 Paul Klee

 

いつまでも

そんなにいつまでも

むすばれているのだどこまでも

そんなにどこまでもむすばれているのだ

弱いもののために

愛し合いながらもたちきられているもの

ひとりで生きているもののために

いつまでも

そんなにいつまでも終らない歌が要るのだ

天と地とをあらそわせぬために

たちきられたものをもとのつながりに戻すため

ひとりの心をひとびとの心に

塹壕を古い村々に

空を無知な鳥たちに

お伽話を小さな子らに

蜜を勤勉な蜂たちに

世界を名づけられぬものにかえすため

どこまでも

そんなにどこまでもむすばれている

まるで自ら終ろうとしているように

まるで自ら全(まつた)いものになろうとするように

神の設計図のようにどこまでも

そんなにいつまでも完成しようとしている

すべてをむすぶために

たちきられているものはひとつもないように

すべてがひとつの名のもとに生き続けられるように

樹がきこりと

少女が血と

窓が恋と

歌がもうひとつの歌と

あらそうことのないように

生きるのに不要なもののひとつもないように

そんなに豊かに

そんなにいつまでもひろがってゆくイマージュがある

世界に自らを真似させようと

やさしい眼差でさし招くイマージュがある

 

 現在手に入る谷川さんの文庫版詩集は数多くあるのですが、そのほとんどは選詩集です。やはり詩集は「オリジナルの詩集」で読みたいではありませんか。幸いにして処女詩集『二十億光年の孤独』(1952年刊/21歳)と第二詩集『六十二のソネット』(1953年/22歳)は文庫化されています(集英社文庫)。

 本文庫は字詰・行組も含めて、できるかぎりオリジナル初版本に近い形で文庫化した第三詩集というわけです。

 

 エッセー集『愛のパンセ』についてもいろいろ語りたいのですが、スペースの問題もありますから江國香織さんの見事な「解説」の中から以下の文章を引用することにしましょう。

《一読して若い書き手の文章だとわかる。そのことに、私はまず驚いた。言葉というのはこんなにも、書き手を映すものだったろうか。(……)眩しい。もちろんそこは言葉の錬金術師谷川俊太郎であるからその若さのすべてを鵜呑みにするわけにはいかないにしても、たとえば「たとえ私が、実際には愛を失った者となるにしろ、私は愛に関してのみは一個の理想主義者でありたいと思う」という一文には胸を打つ真実の美しい響きがある》

『愛のパンセ』は、単なるエッセー集ではなく、詩もあり歌(しかも楽譜付)もあるし、短いモノローグドラマもある。ここには確かに若き日の谷川俊太郎がいます。

──『愛について/愛のパンセ』担当者より