◎編集者コラム◎ 『左京区桃栗坂上ル』瀧羽麻子

◎編集者コラム◎

『左京区桃栗坂上ル』瀧羽麻子


「左京区」三姉妹
文庫で勢揃いした〝左京区三姉妹〟。カバー装画は、くまおり純さんです。シリーズいずれの作品からでもおたのしみいただけます!

 京都の大学を舞台に学生たちのキュートな恋愛もようを描く「左京区」シリーズ最新作として『左京区桃栗坂上ル』の単行本が刊行されたとき、著者の瀧羽麻子さんはインタビューでこんなお話をされています(『きらら』2017年7月号より)。

「これまでのシリーズ通り、舞台は左京区にするつもりでした。そして恋愛を題材にした物語にすることも、決めていました。だけど前2作(『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』)でも、恋愛をテーマに書いていましたので、これまでとは異なるアプローチから、ちょっと違うトーンの恋愛ものにしていこうと考えました。
(中略)人に恋する楽しさやドキドキは採り入れながら、登場人物たちを追いかけるタイムスパンを長くとり、恋愛の先にあるものまで、きちんと描写してみようと思いました」

 
 文庫版の編集をすすめながら、特に私が印象深かったのは、この瀧羽さんのことばのなかにある「登場人物たちを追いかけるタイムスパン」のこととでした。

 ある年の七夕から翌年の春まで描いた『左京区七夕通東入ル』、またある年の春から夏の終わりまでを描いた『左京区恋月橋渡ル』、どちらもここまでの「左京区」シリーズは一年足らずの物語でした。舞台も、登場人物たちが在籍する大学構内やその周辺でおさまります。ところが今作『左京区桃栗坂上ル』で瀧羽さんは、二十年以上(!)のタイムスパンをとっているのです。

「今回は、ひとりの男の子とひとりの女の子が出会い、関係性や絆を確かなものにしていく話です。これぐらい何年ものスパンをかけて書きこんでいかないと説得力がないように感じました」

 
 となると、物語の舞台も当然、左京区やその周辺だけでおさまり切らないことは、容易に想像できますよね。「シリーズ作」とは言いつつも、これは小説家にとって、とても冒険的なこころみだったのではないか、と私は文庫版のゲラを読みながらあらためて思いました。

「物語の舞台」といえば、『左京区桃栗坂上ル』の連載がはじまる前年、瀧羽さんと奈良県内のあちこちを歩きまわったこともありました。本作の主人公(語り手)である安藤くんの出身地は、すでに『左京区七夕通東入ル』のなかで「奈良」と明かされているんですが、具体的に奈良のココ! というイメージまでは決まっていなかったのです。
 瀧羽さんと土地勘のないふたりで、近鉄奈良線などの各駅周辺を散策しながら、丸一日かけて〝安藤くんの実家〟を探しました。作中に地名は出てきませんけど、瀧羽さんがイメージして書かれたのは、おそらく奈良県生駒市ではないかと思います。

 ちなみに。
 恋愛小説で私が個人的に注目しているのは、恋することになるふたりが初めて出会う場面です。たいせつな場面ですよね。
 本作で瀧羽さんは、それをほんとうに心憎いほどさりげなく、キュートに描いています。安藤くんと璃子ちゃんの、その後の二十年あまり、そしてその先の未来までをも決定づける出会いの場面のはずです。にもかかわらず、あの自然な感じやある種のユーモアは、瀧羽さんの精緻な筆づかいだからこそ可能なのだと思います。
 そのあたりもぜひおたのしみください。

 本作は、「左京区」シリーズ最新作、という位置づけですが、ご安心ください。このシリーズは、いずれの作品からでもおたのしみいただけます。
 瀧羽麻子さんが丁寧な筆致と趣向を凝らした語りでたどりついた、幸福度満点の「恋愛の先にあるもの」までを、ぜひこの作品でたくさんのかたに見届けていただきたいです!

──『左京区桃栗坂上ル』担当者より

左京区桃栗坂上ル

『左京区桃栗坂上ル』
瀧羽麻子

◎編集者コラム◎ 『増補版 九十歳。何がめでたい』佐藤愛子
【NYのベストセラーランキングを先取り!】ドラマチックなロマンス小説の名手・デビー・マコーマーが描く、日常的な“運命のいたずら” ブックレビューfromNY<第69回>