◎編集者コラム◎ 『口福のレシピ』原田ひ香
◎編集者コラム◎
『口福のレシピ』原田ひ香
「『口福のレシピ』といえば、これなんだよなあ」と個人的に思っているレシピがある。竹の子の料理だ。2019年の連載時は、原稿をいただいた時がちょうど旬の終わりで間に合わず、単行本化の準備をしていた2020年の4月、ようやくそれを作ることができた。新型コロナウィルス感染症の対策で仕事は在宅になって、スーパーでの買い物も人数が限られていて、とこの後どうなるのか先の見えない時期だった。近くに住む友人が、朝掘ってきたという竹の子を届けてくれたのだ。路上での立ち話でも、久しぶりに友人と会えたことも嬉しかった。
たくさんの竹の子を茹で、刺身のようにそのまま食べ、煮て、揚げて、炊き込みごはんにして、グリーンカレーにして──。あれほどたくさんの竹の子を、さまざまに調理して食べたことはそれ以降ない。中でも、原田ひ香さんが本書の中で教えてくれているそれは、新鮮な組み合わせでとても感動的だった。こういう料理をサラッと作品に登場させるなんて、さすがお料理上手だなあと思っていた。
原田さんとは、『三人屋』という作品で初めてご一緒した。過去の作品を読んでいて、別のことをテーマにした小説なのに「食」のシーンの熱量がとても高いので、そこをテーマにしたらおもしろいかもと思ってご依頼した。一つのお店を三人姉妹でシェアして経営するというちょっと不思議な小説が誕生した(面白いのでぜひ読んでください)。登場人物の炊くごはんがとても美味しそうなので、原田さんにそう伝えたら「20代の頃、飛田和緒先生の料理教室に通っていたことがあって」と、さらっとおっしゃった。
「もっと早く言ってよう」
そこで『口福のレシピ』は、(料理教室ではないが)料理学校を舞台にした物語をご提案した。『口福のレシピ』の単行本が完成したとき、「飛田和緒先生に本をお送りしませんか?」と原田さんに相談した。「私のことを覚えてらっしゃらないかもしれないけれど、ぜひ」と喜んでくださった。しばらくして、お礼のお手紙が届いた。原田さんは忘れられない生徒さんの一人と書かれていた。
「めちゃくちゃ覚えてるじゃん!」いつか、お二人が直接会う機会を作りたいと思った。
文庫化にあたって、お二人の対談を企画し、本書の巻末にも収録した。25年ぶりの再会はとても盛り上がったし、料理家と作家、別々の立場で「食」を見つめる二人の共通点が、「食いしん坊」であるという目から鱗の発見があった。よく考えたら当然なのだけど、料理上手の前に、食いしん坊。
食いしん坊といえば……と思い、ナチュラルボーン食いしん坊・稲田俊輔さんの初小説『キッチンが呼んでる!』のトークイベントにも原田さんにご登壇いただいた。食いしん坊と食いしん坊がおいしいもののことを話している時間は、幸せに満ちていた。おなかは絶対空いたと思うけど、お客さんは満足そうな笑顔だった。その様子をにやにや眺めていたわたしも食いしん坊なのかもしれない。
食いしん坊のことを考えていて気がついたのだけど、カバーのデザインをしてくださった須田杏菜さんも食いしん坊である可能性が高い。作品に出てくる食べものをメインにしましょうと話をしていたとき、「竹の子」を提案され、どんな竹の子であるべきか、イラストレーターの小池ふみさんに対して熱心にリテイクを伝えてくださった。美味しそうな食べ物をたくさん描かれている小池さんが最初に提案してくださった竹の子の絵もとてもよかったが、最終的に「これ!」というカバーが完成した。須田さんも本作の竹の子料理に魅了された一人なのではないだろうか。近々聞いてみようと思う。
──『口福のレシピ』担当者より
『口福のレシピ』
原田ひ香